1. 従来わが国における社会主義法研究は、ソビエト法にまつわる特異な事象(前国家的権利の否定、事実上の党主権など)を主として資本主義法との対比における「社会主義法」の論理で説明してきた。しかし、かかる接近方法は、ペレストロイカの現段階において「スターリン体制」を非社会主義的なものと認める見方がソ連国内においてさえ有力になり、またペレストロイカの過程において法治国家の「創出」が改めて緊要な課題として自覚されるに及んで、急速に説得力を失ってきている。 2. 本研究プロジェクトの特色は、研究の中間的な結論としていえば、こうしたソビエト法(とりわけ憲法)史上の事象を、資本主義法ー社会主義法といういわばタテ軸だけでなく、西欧法ーアジア法(前者のコロラリーとしてアングロ・サクソン法や大陸法を、また後者の典型として伝統中国の律令体系を想定)という、比較法文化的な法類型論をヨコ軸として立て、前国家的権利や「法の支配」ないし「法治国家」といった観念の欠如を、「社会主義法」に固有の事柄ではなく、むしろ15世紀モスクワ国家成立以来の伝統ロシア法の底に流れるいわば「アジア的」法文化の要素に由来するものとして捉えることにある。 3. 法文化、そして一般に「文化」を主題とする議論は、例えば一部の「日本文化」論がそうであるように、ともすれば短絡的で独りよがりの思いつきや宿命論に陥りがちである。こうした隘路を回避する道は、法文化の類型を規定する要因を、直接に精神的・心理的なものにではなく、それをさらに深部から制約するもの、すなわち当該歴史社会における人間集団(団体)の類型的種差、そしてまたこれによって条件づけられるところの、政治的権力に対する「社会」の自律性いかんに着目することに、求められるべきである。
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