細胞性粘菌Dictyostelium discoideumの無菌培養株であるAx-2細胞は、飢餓状態におかれると増殖期から形態形成(細胞分化)期に移行し、やがて集合して多細胞体(移動体)を形成する。移動体にはその前後軸に沿って明瞭な部域的分化が認められ、子実体形成に際して、前部(予定柄細胞)は柄細胞に、一方、後部(予定胞子細胞)は胞子に分化する。ところで、集合前の細胞ポピュレーションには既にある種の異質性が存在し、これが多細胞体制の構築過程でみられる細胞選別・パタニン形成や分化に密接に関係することが指摘されてきたが、本研究をはじめとする最近のいくつかの研究によって、この異質性の実体が飢餓処理(発生開始のためのシグナル)時点での個々の細胞の細胞周期内位置(cell-cycle-position)の個体差にほかならないことが示された。すなわち、Ax-2細胞の細胞周期は約7.2時間で、周期内のある特定時期に飢餓処理された細胞は最も早期に隻か走化性物質への走化的感受性とEDTA耐性の細胞接着性を獲得して、移動体の特定の位置を占める。飢餓処理後の細胞数の増加および核DNA合成(S期)の有無とその時期を調べた実験によって、Ax-2細胞はG_2期の特定位置で増殖サイクルから離脱し、細胞集合等に関連する分化形質発現の方向に移行する可能性が高いことが示された。また、移動体における予定柄細胞/予定胞子細胞(pst/psp)の比は、通常、一定に保たれており、この比は飢餓処理時点での細胞周期内位置には依存せず、常に一定(約28%)であることがわかった。これらの事実は、飢餓処理時点での細胞周期内位置が規定するのは細胞集団内での細胞の位置どりであって、これは上記の特定位置に至までのタイミングの差に依存していること、そして分化の比率は形成された細胞集団内において一定の値になるよう見事に調節されていること、すなわち集団内での位置情報が分化に重要であることを示唆している。
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