研究概要 |
本研究の主目的は知見の少ない板鰓類の視物質(網膜視細胞の外節部位に含まれている感光色素)の化学的諸性状の把握と, その生物学的意義について検討することである. 視物質の分析は次の2方法によった. その1つは常法により視物質を抽出し, 抽出視物質の吸収スペクトルの差異を利用して, 特定の視物質を選択的に光照射・退色させ, 分離同定する「部分退色法」である. 他の1つは, 最近この方面の研究に試用されつつある「レチナールオキシム・HPLC法」である. 現在までに, 230種にもおよぶ硬骨魚類の視物質の研究がなされ, 淡水魚の多くはビタミンA_2由来の3-デヒドロレチナールを発色団とする視物質(ポルフィロプシン)をもち, 海水魚の多くはビタミンA_1由来のレチナールを発色団とする視物質(ロドプシン)をもっていることなどが明らかにされてきた. 硬骨魚類と比較する意味で, 12種の板鰓類の視物質について調べ, そのいずれもが海水魚がもつとされているロドプシンを有していることがわかった. しかし, 淡水エイParatrygon(=Potamotrygon)motoroの視物質もロドプシンである(Muntz,1983)ので, 幾多の関連諸問題が今後の研究課題として残された. 次に, これら板鰓類の視物質の吸収スペクトルを測定したところ, その吸収極大値は魚種によって異なった. 外洋あるいは沿岸域に生息するヨシキリザメ・ドチザメ・アカエイなどの吸収スペクトルの極大値は498mmにみられるのに対し, 深海ザメのヘラツノザメのそれは474mmであった. この吸収スペクトルの極大値の魚種間相互の差異は, 分類学的な位置付けよりもむしろ生息深度における環境光の波長分布特性とのかかわりを示唆するものであり, 生態的適応現象の1つと考えられる.
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