研究概要 |
乾癬は慢性難治性皮膚疾患の一つであり、若年発症者が多く、またしばしば病変が全身に及ぶため、患者の持つ苦痛は計り知れない。現在までの多くの研究にもかかわらず、乾癬の病態は皮膚表皮細胞の著明な増殖亢進並びにturnover timeの短縮に特徴付けられるものの、その病因はいまだ不明のままである。我々は今までに主に乾癬表皮細胞の生化学的変化に注目し解析を行い、乾癬表皮細胞における細胞膜レセプタ-シグナル伝達系の異常を明らかにした。近年の分子生物学の発達により、発癌メカニズムに密接にかかわる癌遺伝子が、発癌過程のみならず正常細胞、組織にあっても増殖、分化、成長、ことにシグナル伝達系に重要な役割を演じる細胞コンポ-ネントを支配する遺伝子であることが明らかにされている。我々は著明な増殖亢進状態にある乾癬表皮細胞におけるこれらの癌遺伝子の動態に着目し、乾癬の病因を分子生物学的手法で検索することを開始した。 [乾癬表皮mRNAにおける癌遺伝子発現]poly(A)^+mRNAを乾癬患者病変部、無疹部、ならびに正常者皮膚から抽出し、Northern blot法にてII,K,N-ras,fos,myc,actin gene,EGF-receptor gene,phosopholipase A_2 geneの発現を観察した。fos,mycの発現は乾癬病変部において低下していた。K-rasは乾癬病変部において発現増加を認めると共に無疹部、正常皮膚で3本あったtranscriptsのうち1本(1.6kb)が欠損していた。他のgeneでは病変部、無疹部、正常皮膚で差は認められなかった。 [乾癬表皮におけるras遺伝子産物(ras p21)発現]anti-ras p21 monoclonal antibodyを用いて、乾癬病変部、無疹部、正常皮膚におけるras遺伝子産物の発現を免疫組織化学的に検討した。無疹部、正常皮膚においては、ras p21は表皮基底細胞にのみ発現されていたが、乾癬病変部では著明な発現の亢進があり、基底細胞のみならず有棘細胞全層にわたって発現されていた。ras p21の発現亢進は乾癬病変のごく初期から観察されたが、治療後には基底細胞のみに発現されていた。 ras遺伝子が表皮細胞の増殖と密接な関係にあることは、他に再生表皮モデルの実験でも証明されており、乾癬表皮におけるK-ras mRNAの発現亢進、異常、ras遺伝子産物の発現亢進が乾癬病因に深くかかわることが示唆される。また、乾癬の遺伝的背景との関係を知るうえにおいても興味深い。
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