研究課題/領域番号 |
63043067
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研究種目 |
海外学術研究
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配分区分 | 補助金 |
応募区分 | 学術調査 |
研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
小西 正捷 立教大学, 文学部, 教授 (10161960)
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研究分担者 |
赤司 善彦 九州歴史資料館, 調査課, 主任技師 (00446882)
後藤 健 東京国立博物館, 学芸部東洋課, 研究員 (40132758)
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研究期間 (年度) |
1987 – 1988
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研究課題ステータス |
完了 (1988年度)
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配分額 *注記 |
1,600千円 (直接経費: 1,600千円)
1988年度: 1,600千円 (直接経費: 1,600千円)
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キーワード | アラビア湾 / 先史・古代文化 / 考古学的調査 |
研究概要 |
本年度は、昨年度実施された現地調査研究において得られたデータを整理・分析し、その結果を取り纏めた。 1.バハレーン国ブーリ古墳群 昨年度、バハレーン国ブーリ古墳群で、高塚式古墳2基の発掘調査を行った。これらはRー1及びRー2号と呼ばれる典型的な円墳で、バハレーンの古墳群の中では、Rー1は小型、Rー2はやや大型の部類に属している。本年度は、この時に得られた写真・図面等の資料を整理・分析した結果、概ね次のようなことがわかった。 まずRー1は径約9メートルを測る比較的小型のマウンドであったが、発掘の結果、径6メートルの石積みの環状周壁をめぐらし、その中心部にT字型の石室を設けた古墳であることがわかった。石室内部の一隅で人骨が発見されたが、副葬品はなかった。造営直後に盗掘された可能性が高い。石室の主軸はほぼ東西で、外部との連絡通路をもたない型式である。前3千年紀のバルバル文化に典型的な、古墳の一典型を示しており、その構造が詳細にわたり解明されたことは重要である。 次にRー2であるが、従来、古代の支配者階層の墓とされてきた、ブーリ古墳群でも有数の規模をもつ墳墓である。現状は径18メートルの円形のマウンドであったが、調査の結果、径約12メートルの環状周壁をめぐらし、その中心部に1対のアルコーヴをもつT字形の石室を設けた古墳であることがわかった。造営直後と思われる盗掘の被害を被っていたが、墓そのもの及び被葬者の人骨はほとんど無傷であったため、この種の古墳の構造解明に関して大きな知見が得られた。特記すべきは、墳頂付近から石室に通じる竪穴式羨道が設けられている、いわゆるシャフト墓の構造がほぼ明らかになったことである。 2.カタル国ウンム・ル・マア積石塚群 昨年度、カタル半島西海岸に所在するウンム・ル・マア積石塚群の調査を実施した。2基の積石塚Jー1及びJー2の発掘を行ったほか、30年ほど前にデンマーン隊によって発掘されながら詳細が未報告である積石塚10基を発見し、内9基を再調査した。本年度は、この時に得られた写真・図面等の資料を整理・分析した結果、概ね次のようなことがわかった。 ウンム・ル・マアの積石塚はいずれも埋葬施設であり、主体部の種類には石室、石棺、小竪穴などがある。主体部型式の検討及び出土品の検討によると、ウンム・ル・マアの積石塚の造営は、上限が青銅器時代、下限がイスラーム時代直前という非常に広い年代幅の中にプロットされる。カタル半島にはウンム・ル・マア以外にも相当数の積石塚群が知られているが、今後の研究によって、バハレーンを中心とするバルバル文化とオマン半島を中心とするウンム・アン・ナール文化の中間に、もう一つの未知の文化が所在したことを証明する糸口になる可能性が生じてきた。
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