研究概要 |
四国東南部に発生した急性熱性発疹性疾患の患者血液から細胞培養法を用いて病原体を分離し、紅斑熱群に属するリケッチアであることを既に明らかにした。このリケッチア日本株は、感染細胞を変性させることなくVero細胞に持続感染し、他の紅斑熱群リケッチアと性状を異にしている。本研究は抗原分析により日本株と世界に分布する紅斑熱群リケッチアの標準株とを比較し、日本株リケッチアの種を決定し、その分布域を究明することを目的とした。リケッチアは感染力の強いクラス3の病原体であり、その取り扱いにはバイオハザードを十分考慮する必要がある。そのため、紅斑熱群リケッチア標準株を保有し、且つ、P3バイオハザード封じ込め施設を有する米国テキサス大学(ガルベストン)のDavid H.Walkerとの共同研究により、免疫血清の作製並びにリケッチア抗原の分析を行なった。 1.微量免疫蛍光法による抗原特異性差の検討 紅斑熱群リケッチア日本株(5株)をマウスの尾静脈に1週間隔2回注射し、3日後に全採血を行ない、抗血清を作製した。また、紅斑熱群リケッチア標準株に対する抗血清をも作製した。抗原はVero細胞に感染したリケッチアを用いた。微量免疫蛍光法により、種々のリケッチア抗原を用いて抗リケッチア血清の抗体価を測定し、すべての組合せについて相互交差反応を行ない、抗原特異性差(SPD)を検討した。即ち、抗原aとbのホモ抗血清の抗体価(log_2)をAaとBbとし、ヘテロ抗血清の抗体価(log_2)をBaとAbとし、SPD=(Aa+Bb)-(Ab+Ba)の値が3未満を相同の血清型とした。このようにして、リケッチア間の血清学的近縁関係を検討した結果、日本株の5株間ではSPDは-1〜1となり、日本株はすべて同一種に属することが判明した。日本株とRickettsia akari,R.australis,R.conorii,R.rickettsii,R.sibiricaとの間のSPDは4〜8となり、日本株は既知の病原性紅斑熱群リケッチアとは異なることが明らかになった。また、日本株は非病原性のタイマダニチフスリケッチアTTー118株とも異なることが知られた。 2.モノクローナル抗体による検討 紅斑熱群リケッチア標準株に対する種特異的モノクローナル抗体を用いて交差反応を調べたが、日本株は全く反応しなかった。また、日本株に対するモノクローナル抗体は日本株すべてと反応するが、標準株とは反応しなかった。これらの成績から、日本株は既知の病原性紅斑熱群リケッチアとは異なる種であることが支持された。 3.ウエスターン・ブロット法によるリケッチア抗原の比較検討 日本株と病原性紅斑熱群リケッチアを孵化鶏卵卵黄嚢内に接種して増殖し、密度勾配遠心で精製し、抗原として使用した。日本株に対するマウス抗血清を用いたウエスターン・ブロット法のパターンでは、日本株は138、130、117kDaの抗原ポリペプチドを持ち、R.akari(110kDa),R.australis(160,115kDa),R.conorii(136,113kDa),R.rickettsii(151,133kDa),R.sibirica(130,118,110kDa)とは異なることが示された。 以上の成績から、日本において分離したリケッチアは、従来知られていた病原性紅斑熱群リケッチアとは異なる新種であることが確定した。この新しいリケッチア種は日本で分離したことから、Rickettsia japonicaと命名した。紅斑熱群リケッチアの地理的分布は、地球上の自然の境界で区分された動物地理区に一致している。R.rickettsiiは新北区、R.conoriiは旧北区西南部からエチオピア区、R.sibiricaは旧北区のウラル山脈以東、R.australisはオーストラリア区に分布している。R.japonicaは東洋区に属する病原性リケッチアと推定される。現在、東南アジアにおけるR.japonicaの分布を検討するため、中国海南島における紅斑熱リケッチア症の調査を計画している。さらに、R.japonicaと他のリケッチアとの遺伝子レベルにおける比較により、世界に分布するリケッチアとの系統発生的関係を究明する必要がある。
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