まず研究計画にしたがって、これまでの現象学研究に於けるフッサールの「生活世界」の概念を根本的に検討し、文化概念との連結点を探ることを試みた。そのためにフッサールの生活世界概念とヘルマン・シュミッツの生活世界概念とを対比して、フッサールの生活世界の概念がどこまでも科学の基礎づけの意図に貫かれているのにたいして、シュミッツは、生活世界をとくに人間の住み込む世界の構造の記述として展開していると言う点で、また人間の世界を特に雰囲気や感情の空間として見ていると言う点で、大きな違いがあるという結論を得た。またホールの文化人類学やマリノフスキーの機能主義的な人類学さらにはとくにラドクリッフ・ブラウンの社会人類学が前提している生活世界、文化、象徴等の概念とも対比し、生活世界がニュアンスを異にし、文化が異なってもなおも同じ構造と体制をとっていることが明らかにされた。このことが示されたのは生活世界における経験的なものとそれを越えたアプリオリなものとの関連を解明するときである。どの生活世界においても、その基本的場面は、日常性にあるから、日常性こそどの文化においてもまたは、文化の常数と言うべきもの、つまり生活世界と文化のアプリオリというべきものであるということを明らかにした。この点から人類学や民族学、更に社会人類学や日常性の世界分析を企てるエスノメソドロジーの成果を検討したが、とくにエスノメソドロジーの成果からは、多くの事柄が示唆された。しかし、この示唆は、いまのところ十分に明瞭な成果として結実していない。「比較」という方法は、人類の文化の多様性とその統一を理解するために、どのように有効であるか、という問題については、しかし一定の重要で貴重な成果をえることができた。
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