ナチス期の法学・法実務の研究について、近年の西ドイツにおける発展ぶりはめざましいものがある。報告者の研究課題に即していえば、「ドイツ法アカデミー・民族法典編纂委員会」の議事録・一件資料が刊行された。また研究書としても、Anderson、"The Academy of Geimaun Law 1933-1945"(1987)が克明である。これらの新しい資料や研究を目を配りながら、本年度は「所有権」の展開を中心的な研究対象としフォローした。ナチスの初期には、若い学者たちによって、「権利」概念そのものに対し、根本的な批判が提起される。その内容は、権利の私益的性格を非難し、民族共同体に対する義務を内在化させるべし、というものであった。実際に、ナチス期の土地法法制を検討してみると、そこでは所有権の自由は極めて大きく制限された。イデオロギー(理論)的にも、実定法制度においても、所有権に化体されるべき個人の私的自由は、この時代にはもはや正当なものとはみなされなかった。 これらをうけて、ドイツ法アカデミー・土地法委員会は、ドイツ民法典903条の「自由で排他的な所有権」規定に代えて、所有権者に「民族共同体の福利と健全な民法感情」にしたがって土地(目的物)を管理すべき義務を明定すべきことを提案した。さらに、1942年に発表された「民族法典草案」においては、所有権は「国民経済的な目的設定の範囲内」でのみ、利用し、処分しうるものとされた。ナチス期の法理論の一つの特徴として、公法、私法の融合、共同体法の提唱があげられるが、土地法委員会および民族法典の表象した「所有権」は、まさに、公的目的への私的利益の全面的従属、私的所有者への公的義務賦課という構造を示すことによって、公私法一体論を、理論的には反映したものであったといえよう。所有権論と所有権制度の相互関連を検討することは、今後の重要な課題である。
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