本研究は、複数国の医療制度と医倫理問題の取扱いの比較検討を志すものであり、最終的結論に至るために継続研究を申請中である。従って、本年は以下にみるような部分的結論を得たに止まる。 1 "死"の問題を素材として、法と倫理の関わり、法の限界を一般的に検討し、ことに医療専門職集団の自律的機能の役割に注目した。 (1)アメリカの場合は、連邦政府の提唱した規準に従い各州が立法する形をとったのに対し、イギリスにおいては脳死判定基準・死の認定ともに医師集団が定立し、政府が各医療者へ勧奨する形をとった。 (2)この相違は、両国の医師専門職集団の社会的規制力の相違に由来し、直ちに優劣を論ずべきものではないが、わが国の社会への適応性については参考に値しよう。 2 アメリカ医療制度史を、医師専門職団体の動向を中心に検討した。 (1)各州の医師資格制度には、立法主導型と医師集団主導型がある。 (2)19世紀末からの科学の発達によりはじめて医師専門職が獲得した"権威"は、その後経済的パワーに変質してゆく。この過程で医師達は自らの規律・主張を立法により貫徹しようとする傾向が生まれた。 (3)アメリカ医師会「倫理綱領」は、初期には不正規医師(irregulars)を駆逐するための行動規準、医師制度確立後の20世紀の大改訂後は医師間の行動原理の機能を担った。それは現代の「倫理問題」の処理には、何等の指針をも示し得ないと言われる。 (4)20世紀初頭いらい顕著となった科学の専門分化と権威主義的傾向は、いま総合的視点と開放性を要められている。ただし、いわゆるバイオエシックス「運動」には、筆者は多大の疑問をもっている。 3 なお英・独・仏の医師会の動向を資料に加え、医専門家集団の規律と法と倫理との関わり、その制度的基盤との関わりを明らかにしたい。
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