我々は痛みによる不快情動生成時に背外側分界条床核(dlBNST)において放出されるコルチコトロピン放出因子(CRF)について、電気生理学手法を用いてその生理的・病態生理的機能を調べてきた。dlBNST神経細胞は殆どがGABA作動性であるが電流注入に対する応答様式からⅠ、Ⅱ、Ⅲ型に分類される。これまでにCRFがⅡ型細胞に対し脱分極を誘導することを明らかにしてきた。本研究ではまず慢性疼痛モデルラットおよび対照群ラットからdlBNSTを含む脳スライスを作製し、ホールセルパッチクランプ記録を行った。電気刺激誘発性興奮性シナプス後電流(eEPSC)に対するCRFの効果を調べた。対照群ではⅡ型細胞でeEPSCの振幅が増大したが、慢性疼痛群では変化が認められなかった。逆にCRF1受容体阻害薬NBI27914処置によって慢性疼痛群のeEPSCの振幅は減少したが、対照群では変化しなかった。慢性疼痛時には内因性CRF遊離が亢進しdlBNSTのⅡ型細胞でのeEPSCを持続的に増強している可能性が考えられた。次に、dlBNST内ローカルネットワークに対するCRFの効果について調べた。Ⅲ型細胞から自発的抑制性シナプス後電流(sIPSC)を記録し、CRFを作用させるとsIPSCの発生頻度が上昇した。この現象はテトロドトキシン存在下では観察されなかった。CRFによって脱分極するⅡ型細胞が介在細胞として働くことで、Ⅲ型細胞の活動を抑制的に調節する可能性が考えられた。不快情動生成時にはⅡ型細胞がCRFに応答して活性化することでⅢ型細胞に対する抑制入力を増大させ、他の神経核への出力を抑制することが示唆された。
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