私たちヒトは名前を持つ。所属を表す方法は文化などによって異なるが、個人を示す「名」に関しては、ほぼユニバーサルであると考えられ、ヒトの「名」は起源が古いことが予想される。本研究では、ヒトの「名」はもともと多くの動物が発するコンタクトコールを起源とするものであるとの仮説を立て、ヒトと同様に個体の「名」を示す種から、明瞭な個体差を持たないコンタクトコールをもつ種まで多様なハクジラ類におけるコンタクトコールの進化を調べることにより、前記した仮説の妥当性を検討するものである。 2年目の最終年度にあたる本年度は、大きな群れを形成するカマイルカ、および母仔を基本とする小さな群れを形成するスナメリのコンタクトコールの研究の進展があった。伊豆三津シーパラダイスおよび海遊館の飼育カマイルカにおいて、一頭を隔離し録音を行ったところ、典型的なパルス列で発せられる鳴音を用いて鳴き交わしが観察された。しかしこのパルス列に関して、1個体が1タイプを発するわけではなく、3個体が3つのタイプを共有しており、それぞれの個体がよく発するタイプが個体ごとに異なるという、これまでのハクジラ類には見られないパターンを示した。一方、鳥羽水族館の飼育スナメリについて、一頭が隔離された状態で録音を行ったところ、パルス間間隔の短い数個のパルスがかたまりで発せられることが見られ、これをパルスパケットと名付けた。これまでのところ鳴き交わしに相当するものは見られていない。
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