研究概要 |
これまで我々は、温度効果だけでなく水素原子核の量子揺らぎを考慮した多成分系分子理論を開発し、常温においても核の量子効果が重要であることを見出し、低障壁水素結合系における特徴的なNMRスペクトルの存在を理論的に予測してきた。本年度は主に以下を実施した。 (1)高次系への拡張:計算コストを抑えるために、マルチリゾリューション法に基づくポテンシャル曲面や、半経験的分子軌道法を適用した[1]。 (2)イオン水和クラスターの計算:Ag+(H2O)n(n=1-4)およびCu+(H20)の構造と振動スペクトルをより精密に算出するために、ab initio分子動力学(MD)法、ab initio経路積分分子動力学(PIMD)法[2]、ab initioリングポリマー分子動力学(RPMD)法を応用した。MD法およびRPMD法により得られた振動スペクトルは非調和性を考慮することができる。そのため、特にRPMD法で得られた振動スペクトルは、スケール因子を用いることなく実験値とよい一致を示した。 (3)生体小分子:ポルフィセンの二重プロトン移動機構の解析:photoactive yellow protein(PYP)の発光素(CRO)近傍における低障壁水素結合部位に、電子と原子核の量子性を考慮可能な多成分系密度汎関数理論を適用した。その結果、CROと隣接酸素原子間の距離が実験値とよい一致を示し、また重水素置換によって酸素原子間距離が伸張することを見出した。 [1]S.Sugawara, T.Yoshikawa, T.Takayanagi, and M.Tachikawa, Chem. Phys. Lett., 501, 238-244(2011). [2]A.Koizumi, K.Suzuki, M.Shiga, and M.Tachikawa, J. Chem. Phys.(Communication), 134, 031101(3pages) (2011).
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