研究領域 | 「当事者化」人間行動科学:相互作用する個体脳と世界の法則性と物語性の理解 |
研究課題/領域番号 |
22H05221
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研究種目 |
学術変革領域研究(A)
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配分区分 | 補助金 |
審査区分 |
学術変革領域研究区分(Ⅰ)
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
皆川 泰代 慶應義塾大学, 文学部(日吉), 教授 (90521732)
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研究期間 (年度) |
2022-06-16 – 2024-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
7,800千円 (直接経費: 6,000千円、間接経費: 1,800千円)
2023年度: 3,900千円 (直接経費: 3,000千円、間接経費: 900千円)
2022年度: 3,900千円 (直接経費: 3,000千円、間接経費: 900千円)
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キーワード | 難聴児 / 言語発達 / 社会認知 / 作業記憶 / 随伴性 / マイノリティ / 社会的随伴性 / コミュニケーション / 発話 / リズム |
研究開始時の研究の概要 |
聴覚入力の限られた難聴児では,幼児期において心の理論の発達や言語発達が遅滞したり,学童期には学習言語(文法,論理的思考など)の習得すなわち高次認知機能の発達に困難をきたす場合があることが知られている。本研究ではこの点に関与する目的に述べる2つの仮説を近赤外分光法(fNIRS)と実験心理学的な行動実験で検証することで,なぜ難聴児のコミュニケーションの発達が多数派と異なるかの原因を脳機能レベル,行動レベルで解明することを目的としている。そのうえで,どのような代替刺激が高次認知機能の発達の補助になるかを明らかにし,効果的な応用につなげる。
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研究実績の概要 |
本研究は聴覚に障害のある少数派乳幼児のコミュニケーション発達の特性について多数派との認知的、知覚的なズレを解明し、その知見を多数派との相互作用の中で活用しコミュニケーション発達を育むことで当事者化を推進することを目指す。具体的には、以下2つの仮説(1)難聴児と大人のコミュニケーションにおいて社会的随伴性が聴覚情報の弱さにより充分機能していないために効果的に社会的信号を得られない、その結果心の理論や言語発達が遅れる、(2)音声刺激の貧困性が難聴児の作業記憶発達、さらには高次脳機能発達を阻んでいる、について近赤外分光法(fNIRS)と実験心理学的手法による2つの実験で検証することを目指している。 初年度の2022年度は特に(2)に関与する乳児期の社会的随伴性の特徴と、幼児期の作業記憶や言語発達との関係性について、縦断研究を行った。より具体的には6ヶ月時点の母子遊び場面における母の発話特性(量)が、2、3歳時の発達検査中の作業記憶に関する課題の成績へ与える影響について検討した。対象は、乳児(男児= 16名、女児=15名)とその母親の計31組であった。6ヶ月時における母子相互作用場面のビデオ録画の行動・発話コーディングの結果と、2歳、3歳時での新版K式発達検査における作業記憶に関連する複数の課題の成績との相関を検討した。その結果、母親の乳児への語りかけの持続時間と3歳時の数唱課題の成績、乳児と母のリズム発声回数と3歳時の作業記憶課題の成績などで正の相関が見られた。発達初期の母子の発話傾向や非言語的な相互作用が言語性短期記憶を含む作業記憶の発達に影響を与えていることが示唆された。これらの結果は、難聴児の発達初期における聴覚モダリティによる音声刺激の弱さが作業記憶の発達を弱めているという本研究の仮説を支持するものであった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の当初の目的では上述した2つの目的のために、難聴の乳幼児を対象とした2つの実験を行う予定であった。初年度は(a)実験の倫理申請と難聴児リクルート体制を整える、(b)定型発達児の社会的随伴性の実験を進めデータを蓄積する、(c)別研究で実施していた縦断研究の乳児について作業記憶の実験を追加することによって仮説(2)の乳児期の音声刺激入力とその後作業記憶の発達の関係を検討する実験を行う、(d)難聴児がリクルートでき次第、実験を行う、ことを予定していた。このうち(a)と(b)については順調に完了し、特に(b)の定型発達児の実験もデータを充分に取得し結果も得ることができた。仮説(2)を検証する(c)の研究は当初の予定外であったが、別途実施していた縦断研究を本研究の目的で活用することができた。この結果、発達初期における音声言語の入力量で作業記憶、特に音韻性短期記憶が育まれることが示唆された。我々の研究からも先行研究からも、作業記憶は心の理論や言語の発達に関係が深いとされているので、難聴児の心や言語の発達遅滞は作業記憶の不全と関係していることが推察される。すなわち研究業績の概要で示した仮説(2)を支持することが示され、有意義な結果となった。 一方で(a)(b)の完了により難聴児実験を行う体制が2022年度末にはできたが、実際にはコロナ禍の影響も残っていたためか2023年1-3月で実験参加児の応募が得られず、2022年度内にはリクルートすることもできなかった。
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今後の研究の推進方策 |
倫理申請とリクルート体制の構築により、定型発達児以外の難聴児の実験を行う体制が2022年度末にはできたので、2023年度は積極的に難聴児をリクルートして難聴児の実験を進めていく予定である。仮説(2)については2022年度にある程度の成果を得られたので、次年度は仮説(1)の検証を主に行う。その具体的な手法としては、fNIRSを用いた下記のような実験を予定している。 実験者が難聴児(および統制群の定型児)と2つの条件で遊んでいる場面での、社会的随伴性に対する子どもの脳活動および、脳機能結合を計測する。条件1は、多数派のコミュニケーション手法条件であり、子どもが遊び場面でアイコンタクトや指差し、微笑みなどの社会的信号を実験者に向けた時に実験者は発声応答、微笑みなどで子どもに随伴的反応を与え、それを子どもが受けた際のTPJなど脳活動を検討する。条件2では、統制刺激として発声応答、微笑みなどの反応のタイミングを3秒遅らせた非随伴的反応を与える。実験者の2条件の随伴的、非随伴的刺激に対する子どもの脳反応をそれぞれ計測し定型発達児群と難聴児群とで比較する。もし、この結果が群間で異なるものであり難聴児群のTPJの反応が弱い傾向にある場合には、随伴的反応刺激をタッチなどを含む触覚刺激を加え、さらに音声刺激のプロソディーを強調したような感覚補完刺激を用いて同様な実験を試みたい。これにより、新しい触覚モダリティやより顕著な聴覚刺激が補完されることで、TPJの脳活動が強まるかを検証する予定である。 2022年度に行った実験の結果などは適宜国際学会等でも発表し、その結果をもとに論文としてまとめ、出版を目指す。同時にここで見いだされた少数派と多数派の認知や知覚のズレをどのように補完することで、心の理論や言語発達が円滑に発達することにつながるかの知見をまとめたい。
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