研究領域 | マクロ沿岸海洋学:陸域から外洋におよぶ物質動態の統合的シミュレーション |
研究課題/領域番号 |
23H04826
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研究種目 |
学術変革領域研究(A)
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配分区分 | 補助金 |
審査区分 |
学術変革領域研究区分(Ⅳ)
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研究機関 | 国立研究開発法人海洋研究開発機構 |
研究代表者 |
金子 仁 国立研究開発法人海洋研究開発機構, 地球環境部門(むつ研究所), 研究員 (30772793)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2024年度)
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配分額 *注記 |
5,200千円 (直接経費: 4,000千円、間接経費: 1,200千円)
2024年度: 2,600千円 (直接経費: 2,000千円、間接経費: 600千円)
2023年度: 2,600千円 (直接経費: 2,000千円、間接経費: 600千円)
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キーワード | 東部津軽海峡 / 栄養塩供給 / 陸域起源水 / 乱流鉛直混合 / マルチスケール研究 / 下北半島北岸循環 |
研究開始時の研究の概要 |
人間活動に大きな影響を与える沿岸海洋環境、特に生物生産を支える栄養塩物質の循環に寄与する現象について、津軽海峡東部を対象海域として、現場物理観測、化学試料分析、海洋短波レーダー、数値モデルなど様々な手法を用いて明らかにする。下北半島北岸の生物生産を支える栄養塩の起源が、陸域と沖合のどちらにあるのか、栄養の広がりをもたらす現象は何かを明らかにし、さらにどの程度の栄養塩輸送が生じているのかを評価する。
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研究実績の概要 |
本研究は人間活動に大きな影響を与える沿岸海洋環境、特に生物生産を支える栄養塩物質の循環に寄与する沿岸メカニズムについて、津軽海峡東部を研究対象海域として、さまざまな時空間スケールおよび分野横断的な複合的なアプローチを通じて明らかにすることを目的としている。 津軽海峡東部では従来、下北半島側において、津軽暖流に伴う高温・高塩分・貧栄養の水塊の影響が支配的と考えられてきた。しかし、下北半島沿岸では、夏季から秋季にかけて局所的に高いクロロフィル濃度の分布が示されることがあった。一般的に夏季は光環境の良い表層付近で栄養塩が生物活動により枯渇するため、このようなクロロフィル分布は、この季節に何らかの継続的な栄養塩供給が存在することを示唆する。本研究では、海洋沖合と陸域水の二つの供給源を仮定し、高解像度広域物理観測・数値モデルおよび水質の化学的情報を用いることで、その起源を明らかにすることを最初の具体的な目標として研究を開始した。 これまでの研究代表者らの調査により①下北半島北岸に直径30km程度の時計回り循環流(下北北岸循環)が夏季から秋季にかけて明瞭な時間平均構造として形成され、この循環は下凸のお椀型構造を有し、その底層(密度躍層付近)において乱流鉛直混合の強化が起こり下層からの栄養塩輸送を促進していること、②下北半島北岸を西から東へと伝播する擾乱により、この循環が日周期変調すること、③陸域水、特に野牛地区の湧水が極めて高濃度の珪酸塩を含むこと、④上記の循環の日周期変調に伴い、循環が弱まる際には③の高濃度珪酸塩水が表層に広がること、⑤下北北岸循環の表層水は陸域水の影響を受けた津軽暖流水との混合水であり、⑥津軽海峡東部の太平洋、つまり津軽暖流の下流域に同時期に形成されるさらに大きな(直径150km程度の)時計回り渦「津軽ジャイア―」の表層水とも性質が近いこと、などが明らかになりつつある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究で計画・実施した観測調査により、上記①から⑥に挙げたように新しい知見が着実に蓄積されてきており、過去の知見との整合的な対応を通じて、下北半島北岸域における特異的な植物プランクトンコミュニティを上記の下北半島北岸循環が支えていることが明らかになりつつある。 過去の植物プランクトン組成の研究からは、上記の時計回り循環内において、珪酸質の殻を有する珪藻の比率が津軽暖流流軸付近よりも高かったことが示されていた (Isada et al. 2017)。本研究によって、陸域由来の高濃度珪酸塩水がこの循環内に広がることがこの特異的分布に本質的に重要であることが示唆された。また一方で、植物プランクトン増殖に欠かすことのできない栄養塩の一つである硝酸塩については、高塩分領域で高い濃度の分布が見られることがあった。こちらについては上記循環内における乱流鉛直輸送の強化によって説明しうる。上記循環の水平的な輸送は日周期の伝播性擾乱によって強度が変調することから、沖合水の沿岸域への輸送の滞留や陸域水の沖合への波及がこの時間スケールで生じることが示唆されている。一方、沿岸付近では海洋内部に生ずる砕波によって短時間のうちに顕著な鉛直混合が生ずることも観測によって明らかになっており、密度の異なる高濃度珪酸塩陸域水と硝酸塩に富んだ沖合高塩分水の混合が促進されていることが示唆されている。すなわち、「時間スケールの異なる水平輸送と鉛直混合による効率的な水塊の混合過程が下北半島北岸循環周辺の質的・量的に特異な植物プランクトンコミュニティを支えている」という描像が順調に明らかになりつつある。 これらの成果について、令和5年度(2023年度)はマクロ沿岸海洋学関連の研究集会等において発表を行うとともに、とりわけ硝酸塩の乱流鉛直輸送の定量評価に関連する内容の論文を国際誌に2報投稿し、現在査読を経て改訂中である。
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今後の研究の推進方策 |
上記のように、これまでの調査研究により、下北半島北岸循環およびその変調に伴う陸域水および沖合水をそれぞれ起源とする異なる栄養塩の供給過程が、本海域における特異的な植物プランクトン分布を維持する鍵となっていることが定性的に明らかになりつつある。 令和6年度(2024年度)は、前年度実施した河川水等採取・分析や沿岸観測を継続しながら、JAMSTECむつ研究所の運用する海洋短波レーダーによる広域表層流速観測および時空間高解像度データ同化システム出力の解析を行い、背景環境情報として上記フィールド調査の結果を解釈する。河川水等採水は場所を拡大し、前年度の下北半島北岸の4河川に加え、沿岸湧水数点および下北半島東岸の河川についても2河川程度追加する予定である。ただし観測頻度は年間2回程度とする。船舶観測では、海峡から流出した表層水が下流域に与える影響についても検討するための試料採取を行う計画である。上記に加え、前年度環境整備を進めた数値モデルによる理想化実験も行い、伝播性擾乱の挙動特性の解釈を行うこと考えている。係留観測については、前年度トラブルが連続して生じたことから、実施体制や規模を見直しながら継続する予定である。また本年度は物質輸送、特に水平的な輸送の定量性に関する評価により重点を置き、河川流量や数値モデルを用いた見積もりに取り組む。 上記の①から⑥で挙げた結果については、関連する内容について、上記のようにすでにいくつかの国際誌へ投稿を行い、現在改訂中である。これらの受理・出版を目指すとともに、引き続き成果について学会や研究集会等で発表し、研究者間での議論を踏まえ、さらなる投稿を行う。以上の研究を通じて、「マクロ沿岸海洋学」の研究項目である「河口から大陸棚における流動変動と物質の拡散過程」に関する、下北半島での実測に基づいた研究事例として貢献する。
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