研究領域 | 高難度物質変換反応の開発を指向した精密制御反応場の創出 |
研究課題/領域番号 |
15H05804
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
林 高史 大阪大学, 工学研究科, 教授 (20222226)
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研究期間 (年度) |
2015-06-29 – 2020-03-31
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キーワード | 反応場 / 生体分子 / 生体触媒 / ヘム / 補因子 |
研究実績の概要 |
生体内での生合成や代謝反応の多くは、酵素が介在し、基質選択性と生成物の立体制御を伴いながら温和な条件下で速やかに進行している。酵素が優れた触媒である主な要因は、長い年月の進化を経て最適化された活性中心とその周辺近傍の精密な分子構造が形成する反応場を有することにある。したがって、我々が新しい触媒を構築する際には、酵素の精巧な反応場を学ぶことが、きわめて有意義である。本研究では、タンパク質の空孔に非天然金属錯体を挿入した新しい反応場を構築し、天然の金属錯体の活性を凌駕する人工生体触媒の構築や、天然では見られない有機反応を触媒する新しい金属酵素の開発が目的である。 当該年度は、生体内で酸素貯蔵タンパク質として機能するミオグロビンに着目した。このタンパク質は、ヘム分子が補因子として結合し、酸素分子の結合と脱離をつかさどっている。今回は、ヘム分子を除去したアポタンパク質に、天然のヘム分子に類似した配位子を有する金属ポルフィセンを挿入した再構成ミオグロビンを調製し、その触媒能の評価を実施した。特に難易度の高い不活性アルカンの水酸化、及びカルベン中間体を経由したオレフィンのシクロプロパン化反応について、以下に記述する。 (1)補因子としてマンガンポルフィセンを有する再構成ミオグロビンは、過酸化水素存在下、C(sp3)-H結合の活性化を伴うアルカンの水酸化の触媒として働くことが明らかとなった。また、活性中間体はマンガン5価オキソ錯体であることも、EPR測定から示された。 (2)補因子として鉄ポルフィセンを有する再構成ミオグロビンは、ジアゾ酢酸エチルとスチレンのシクロプロパン化の触媒反応を顕著に加速することが明らかとなった。また、本反応の中間体として想定されている鉄カルベン錯体種をストップドフロー測定によって検出を試みた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
ミオグロビンの補因子であるヘム分子の置換は、これまでにも多くの例があるが、非天然ヘムを挿入した再構成ミオグロビンを用いて、高難度物質変換の触媒反応を実施した例はそれほど多くない。我々はこの課題に着目し、C(sp3)-H結合の活性化を介したアルカンの水酸化やC-C結合形成を伴うシクロプロパン化反応をつかさどる再構成ミオグロビンの開発に挑戦した。具体的には、ポルフィリンの構造異性体であるポルフィセンを配位子としたマンガン及び鉄錯体を補因子として合成し、アポミオグロビンに挿入して、新規人工生体触媒として用いた。 以下に、その触媒を用いた反応の展開と進捗状況を記す。 (1)マンガンポルフィセンを含有するミオグロビンについては、以前から同定を行っているが、今回さらにX線結晶構造解析で、マンガンポルフィセンがヘムポケットの正常な位置に結合していることを示した。さらにストップドフロー手法とEPR測定から、再構成ミオグロビンと過酸の反応においてはマンガン5価オキソ種(鉄の場合には、4価オキソ・ポルフィセンπカチオンラジカル種)であることが証明された。さらに、基質としては、エチルベンゼン、トルエン、シクロヘキサン、ヘキサン、プロパンなどを位置選択的に水酸化することが明らかとなった。 (2)天然のミオグロビンにおいて、ジアゾ酢酸エチルを加えると、スチレンのシクロプロパン化が進行することは、近年明らかとなっている。一方、今回は、ミオグロビン中の補因子ヘムを鉄ポルフィセンに置換することにより、鉄カルベン錯体の生成が615倍加速されることが明らかとなった。また触媒効率を示すkcat/Km値も26倍向上することが示された。このようにミオグロビン中の鉄ポルフィリンは、シクロプロパン化反応の触媒として優れていることが判明した。この事実は、理論計算によっても、支持された。
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今後の研究の推進方策 |
本来は酵素としては働かないミオグロビンのタンパク質を利用して、難易度の高い反応をつかさどる酵素に変換することは、非常に挑戦的な課題である。これまでは比較的簡単なペルオキシダーゼ活性を有する再構成ミオグロビンの開発研究を行ってきたが、今回は、より難しい反応の触媒として利用することを検討した。その結果、ある程度の目標は達成したが、さらなる反応性の向上や反応選択性の吟味を実施する必要がある。特に、金属ポルフィセンを結合するヘムポケットを形成するアミノ酸残基の検討を行い、ヘムポケットの構造に対して、活性化や選択性がどのように影響するのか、詳細に検討したい。さらに個々のテーマについては、以下の課題がある。 特に(1)については、より難易度の高いエタン、そしてメタンの水酸化をめざす。また、ヘムポケットの構造をアミノ酸残基の変異導入によって調製し、生成物のアルコールのエナンチオ選択性の評価や反応活性の向上を図る。さらには、本反応のメカニズムを理論計算により考察する試みも実施する。 一方(2)については、やはりヘムポケットの構造による生成物の置換シクロプロパンの立体選択性について吟味する。また、基質もスチレンだけでなく、色々なオレフィンやカルベン供与体を試みる。さらにこの反応をミオグロビン以外のヘムタンパク質でも検討を重ねたい。 さらに、上記の反応だけでなく、C-H結合の活性化やC-C結合形成、あるいは水素発生やCO2固定など、難易度の高い物質変換に焦点をあて、天然では見られない反応を選択的に行う人工金属酵素の開発を積極的に展開する。
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