計画研究
平成29年度に引き続き、がんに免疫応答を引き起こすために、細胞表面で糖鎖抗原中分子を複合化させる検討を行なった。既に確立した糖鎖アルブミンを用いて金(III)触媒を特定の細胞表面に担持し、末端にプロパルギルエステルを持つ糖鎖でアミド結合による複合化を検討した。この際に、別課題で既に合成していたC末端にプロパルギルエステルを持つペプチドを使用したところ、これらのペプチドも効果的にがん細胞の表面に導入されることが判明した。さらに、いくつかのペプチド構造を実験に使用することで、がん細胞の増殖を効果的に抑制できることが判明した。構造が異なるペプチドを細胞表面に導入することや、コントロール実験として糖鎖アルブミン触媒を用いない場合、あるいはC末端にプロパルギルエステルがないペプチドを使用した場合には全く抑制効果は見られなかった。以上の結果は、特定のペプチド分子をがん細胞表面に導入することでがん増殖を抑制できることを示しており、細胞上でのペプチド中分子複合化による新たながん戦略として大変稀な例を見出すことができた。一方、本年度では、研究期間前半で確立した細胞表面でのペプチド・糖鎖中分子の直接的合成による選択的な細胞ターゲティング法を、がん細胞を区別する戦略として展開した。がん認識ペプチドと数種類のN-型糖鎖を用いて、マイクロプレート上の様々ながん細胞に作用させ、「細胞上複合化」を行った。その結果、それぞれのがん細胞に選択的なペプチド、およびN-型糖鎖のコンビネーションを見出した。さらに、ヌードマウスに播種した異なる種類のがん細胞に対して、細胞実験で見出したペプチドとN-型糖鎖のコンビネーションを静脈注射することにより、マウス内の特定のがんに対しても選択的な複合化反応を実現し、それぞれを区別することに成功した。
2: おおむね順調に進展している
がん細胞に対して中分子を作用させて活性を示す例は多数あるが、表面に中分子を複合化させて細胞障害性を示す例は非常に限られている。平成30年度に見出したペプチド中分子の新規な構造と、これを細胞表面に「中分子複合化」させて機能を発揮させるという戦略は、新しい治療戦略を提示するものであり、大変意義深い。これまでに実施してきた糖鎖抗原中分子を複合化させる「生体内合成戦略」と併せて、本領域のさらなる進展と新しい領域の開拓に繋がる成果であると考える。一方、研究前半で確立した「細胞表面での中分子合成技術」をがん細胞の差別化に用いることにも成功し、本研究期間内で技術開発に止まることなく、これを新たな診断法として展開できた。従って、研究は順調に進展していると評価する。
平成30年度に、ある種のペプチドをがん細胞に導入すると、がん細胞の増殖を効果的に抑制できることが判明した。そこで平成31年度では、分子生物学的手法を用いてそのメカニズムを解明するとともに、がん増殖を抑制するペプチド中分子をマウス内のがん組織に複合化することによって、生体内で直接がん治療する。すなわち、ヌードマウスに担持したHeLaがんに対して、これを生体内でも高度に認識するN-型糖鎖クラスターを「金属の運び屋」として用い、Au(III)触媒をがん組織に効率的に担持する。その後、プロパルギル基を持つペプチド中分子をマウス内に導入し、マウスレベルでもがん増殖が抑制できるかどうかについて検証する。開発したドラッグデリバリーシステムがマウス内でも選択的にがんを認識するかどうかを分子イメージングにより追跡しながら、尾静脈注射、あるいはより直接的にがん組織に試薬を導入することで効果を検証する。生体内でのペプチド中分子複合化と平成30年度までに実施した糖鎖抗原中分子複合化を合わせて、本領域最終年度に「インビボ有機合成化学」による画期的な抗がん治療の新たな戦略を確立する。さらに、平成30年度には実施できなかった細胞表面でのワンポットageladine A中分子複合体の合成にも挑む。このテーマは、ペプチド中分子や糖鎖中分子を細胞表面に複合化するよりも遥かに難題である。複数の有機合成化学反応を生きている細胞の上で実現しなければならない。報告者が既に研究期間前半で確立したワンポット法に従い、タンパク質表面のアルギニン残基に対して、アルデヒド基やアミン誘導体を順次導入し、神経細胞のニューロン選択的な誘導を可能とするageladine Aの中分子複合体合成を目指す。まずはタンパク質のアルギニン残基に対してカスケード反応を検証した後、最終的に細胞表面の複合化を目指す。
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すべて 国際共同研究 (3件) 雑誌論文 (21件) (うち国際共著 8件、 査読あり 21件、 オープンアクセス 21件) 学会発表 (60件) (うち国際学会 4件、 招待講演 19件) 図書 (4件) 備考 (5件) 産業財産権 (1件)
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