胚内部の応力分布を明らかにするために推定法として2種類を考案した.第1は「切断法」である.物体内部に局所的に引張とその反作用としての圧縮が作用している場合,これを力の作用方向と垂直な断面で切断すると,引張の作用していた部分は陥没,圧縮の作用していた部分は突出する.この切断面の凹凸と弾性率の分布を調べ,胚の3次元構造を考慮した計算機解析と組合せ,断面を平面に戻すのに必要な応力分布を求めると,これが胚内部の応力分布と見なせる.本法は組織がある程度かたい尾芽胚に用いた.今年は胚の3次元構造モデル構築を目指し,昨年確立した胚の透明化法を尾芽胚に適用し,腹部組織・脊索・神経管・体節に類別した3次元モデル構築に成功した.また形状を簡略化した尾芽胚モデルについて各組織に超弾性(Neo-Hookean)を仮定した有限要素モデルを作成し,計算が可能であることを確かめた.また,従来の弾性率計測用押込試験機を電動化することで,胚に変化の生じ始める切断後30秒以内に5点の力学特性計測が可能となった.一方,極めて柔らかい原腸胚には第2の「刺入法」を用いた.微細針を胚に刺入・抜去し,その孔の3次元形状を調べることで応力のかかり方を推定する方法である.これに関しては,今年度は胞胚腔蓋(BCR)の応力状態を知るため,胞胚腔内圧を計測する予定であった.しかし,計測が困難であったため,内圧計測用のピペットから腔内に液体を注入することで胚を膨らませ,その圧力-容積関係からBCRの力学特性を計測することを行った.その結果,BCRのヤング率は数10kPaであり,それまで押込試験で知られていた数10ー数100Paに比べ100倍以上大きな値が得られた.この理由は現時点では明確ではないが,圧縮の際には細胞質の流動抵抗等が力を負担するのに対し,引張の場合には細胞骨格が力を支えるためなのかも知れない.
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