研究領域 | J-Physics:多極子伝導系の物理 |
研究課題/領域番号 |
15H05883
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
中辻 知 東京大学, 物性研究所, 教授 (70362431)
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研究分担者 |
鈴木 通人 国立研究開発法人理化学研究所, 創発物性科学研究センター, 研究員 (10596547)
小林 寿夫 兵庫県立大学, 物質理学研究科, 教授 (40250675)
榊原 俊郎 東京大学, 物性研究所, 教授 (70162287)
中西 良樹 岩手大学, 理工学部, 准教授 (70322964)
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研究期間 (年度) |
2015-06-29 – 2020-03-31
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キーワード | J-Physics / 局在多極子 / 価数揺動 / 多極子近藤効果 / 超伝導 |
研究実績の概要 |
ワイル反強磁性体Mn3Snの純良薄膜の育成に成功し、クラスター磁気八極子による異常ホール効果が現れることを確認した。今後、スピントロニクスや熱電分野においても波及効果のある重要な成果である(中辻)。ノンコリニア反強磁性体の磁壁の運動やスピンダイナミクスをクラスター多極子を使って記述する方法を開発し、Mn3Snに適用した。クラスター多極子を使うと解析解がえられ、数値解と高い精度で一致する結果が得られる(有田)。低温・高圧力下174Yb放射光メスバウアー分光測定手法を立ち上げ、Yb4f電子状態を直接観測することに成功した。その結果、beta-YbAlB4 の常圧力下で観測されていた低エネルギーの臨界電荷モードとその発散現象が、異常金属相でのみ存在することが明らかとなった(小林)。四極子近藤物質PrV2Al20において、磁歪の測定から磁気八極子秩序が低温、低磁場において出現することを明らかにした(中辻)。Γ3非クラマース二重項が有する四重極モーメント由来の量子臨界現象をPrV2Al20の弾性特性で見出し、その臨界性が磁場で制御できることを実験的に明らかにした(中西)。KEK-PF で行った PrT2Al20 (T = Ti, V) の精密結晶構造解析結果を論文に纏め報告した。T = Ti と V で籠形状の歪に定量的な差異が見られた。この構造情報をもとにPrV2Al20の結晶場分裂を予想することができた(佐藤)。多極子の概念を一般化することで強磁性・反強磁性構造を系統的に分類する方法論を考案し、磁性体に特有の物性との関係を明らかにすることで、反強磁性体のマクロ物性に関する理解を大きく深めることができた(鈴木)。カイラル磁性体EuPtSiの角度分解磁化測定を行い、A相(スカーミオン相)が出現する磁場方向を特定した。等方的なスカーミオン物質であるMnSiと比べて大きく異なり、EuPtSiにおけるスカーミオン形成機構の解明にとって重要な情報である(榊原)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
反強磁性体において、初めて異常ホール効果を示したMn3Snにおいて、薄膜化に成功し、さらには、新しいタイプのスピンホール効果を見出すなど、スピントロニクスの分野においても多極子の物理現象が大きな波及効果を示しつつある(中辻)。反強磁性体における磁壁の運動については、Walker breakdownがなく、きわめて高速になるなどの予想がされていたが単純なコリニア反強磁性体の場合、実験的に観測する手段がない。ノンコリニア反強磁性の場合はMn3Snなどのようにホール電場やカー回転角で観測できるが、ユニットセル中にスピンが多数あるため解析手段がなかった。本研究はこれらの問題を初めて解決するものであり、多極子の動的なダイナミクスの理解に重要であるだけでなく、スピントロニクス分野においても重要な発見である(有田)。国内外で初めて低温・高圧力下174Yb放射光メスバウアー分光測定に成功し、低温・高圧下の超微細相互作用を通してYb4f電子状態、特に臨界電荷モードの直接観測が可能であることを示した(小林)。磁気励起スペクトルの予想外の幅広さにより通常の結晶場解析が使用できず T = V 系の磁気励起解析に時間がかかっていたが、精密結晶構造解析結果を併用することで目処がたった。(佐藤)多極子の概念を応用した反強磁性体の系統的な記述手法に関する論文執筆を終えて投稿した他、希土類化合物の第一原理計算手法開発でも一定の進展が得られた。(鈴木)EuPtSiでは秩序変数の揺らぎによってヘリ磁性転移が1次転移になる可能性が指摘されていたが、詳細な磁化測定の結果、三重臨界点が見つかり、1次転移が確定的になった。また、この揺らぎで誘起される1次転移はスカーミオン相の出現と密接な関係があることがわかり、この物質の理解は一段と進んでいる。(榊原)
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今後の研究の推進方策 |
Mn3Snの磁気励起がクラスター多極子のダイナミクスとして記述できるのかどうかについて、時間分解カー効果や中性子非弾性散乱実験などを通じて検討する(中辻)。クラスター多極子による分類で反強磁性体を網羅的に調べ、Mn3Snに匹敵する反強磁性体を探索し、開発した手法でそのスピンダイナミクスを解析する(有田)。多重極限環境(低温・高磁場・高圧力)下174Yb放射光メスバウー分光法を用いて、beta- alpha-YBAlB4 を中心としたYb4f電子状態の低温・圧力・磁場依存性を纏める(小林)。本年度、EuPtSiを中心としたカイラル磁性体の超音波計測による弾性特性の研究を実施予定である。特に本系で出現する磁場誘起A相(スキルミオン相)の弾性特性の研究を実施し、カイラル性と弾性歪み、特に歪み回転効果とカイラル性に関する特別な弾性異常の有無について理解を深める予定である(中西)。最終年度では精密結晶構造に基づく磁気励起解析を完成させ論文出版する。また、この磁気励起解析で得られる結晶場波動関数をもとに偏極中性子実験を行うことで、T = V の系における多極子秩序変数を決定する(佐藤)。これまでの研究で確立した強磁性・反強磁性の多極子による系統的な分類手法を第一原理計算と組み合わせ、安定磁気構造を予測する理論手法の開発を目指す。また、希土類・アクチナイド化合物に対する高精度な第一原理計算手法の開発に取り組み、第一原理計算による物性予測能力の向上を図る(鈴木)。引き続き、EuPtSiの磁気相図、特にA相について主として磁化測定により研究を行い、成果をまとめて2編の論文として公表する。また、ごく最近超伝導転移の見つかったUTe2について、B01班と共同で極低温の磁化測定を行い、磁気異方性と上部臨界磁場の異方性との関係について調べる(榊原)。
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