計画研究
前年度までに、システム生物学的な解析を通じた網羅的探索によって、代表的ながん遺伝子MYCの転写活性制御に関わる新規lncRNAとしてMYMLR遺伝子を同定し、それがMYC遺伝子自身の転写制御を介することを示唆する結果を得てきた。本年度は、MYMLRによるMYCの転写制御の分子機構の詳細について、多角的に検討を加えた。それによって、MYMLR結合タンパク質の網羅的探索を通じてPCBP2を同定するとともに、MYMLRと同様にPCBP2のノックダウンが、網羅的な遺伝子発現解析に基づくGene Set Enrichment analysis (GSEA解析)において、MYC関連遺伝子セットに有意な影響を及ぼすことを確認した。さらに、MYMLRのMYCエンハンサー領域への結合には、PCBP2が必須であることを明らかとするとともに、MYMLRとPCBP2の両者が、肺がん細胞におけるMYCの転写活性化、及び、生存・増殖に重要な役割を担っていることを明らかとした。また、“京”スーパーコンピュータによるシステム生物学的解析を通じて、肺腺癌のリネジ生存がん遺伝子TTF-1の活性を制御したり、逆にTTF-1によって制御されるlncRNAの網羅的探索を進めた。TTF-1の活性を示すTTF-1モジュールと大規模な遺伝子発現プロファイルデータをもとに、local distance correlationにもとづくGIMLETプログラムを用いた網羅的探索を行った。その結果、TTF-1によって制御される新規lncRNAとしてSFTA1Pが有力候補として浮かび上がった。その制御機序に関する分子生物学的な解析を開始した。これまでにTTF-1がSFTA1Pのプロモーターに結合し、SFTA1Pの発現を直接転写活性化していることを確認するとともに、SFTA1Pをノックダウンすると肺癌細胞の運動能が著しく抑制されることを見出している。興味深いことに、SFTA1Pが、我々が以前にTTF-1によって発現誘導されて細胞骨格系の制御を通じてがん細胞の運動能を抑制することを報告した、MYBPHの発現制御に関わることを示唆する結果を得ている。
2: おおむね順調に進展している
代表的ながん遺伝子であるMYCに関わるlncRNAの探索・同定は、ドライとウェットの統合的な解析を通じて順調に進行している。MYC遺伝子の転写活性を制御するlncRNA(MYMLR)を同定し、その分子機構の全貌解明へ向けて順調に研究は推移している。MYMLRは、MYC遺伝子の近傍で逆方向に転写されるdivergent lncRNAの一種であり、今年度の研究成果は、PCBP2蛋白と結合してゲノムを屈曲させて、エンハンサー領域をMYC遺伝子のプロモーター領域に近接させることにが、MYCの転写活性化の維持の分子機序であることを示している。MYMLRのようにプロモーター領域側で転写されてエンハンサー領域に働きかけるlncRNAは、所謂エンハンサーlncRNAと違ってこれまでにほとんど報告が無く、新規性が高い研究成果である。また、肺腺がんのリネジ生存がん遺伝子として、我々が世界に先駆けて同定したTTF-1遺伝子の機能に関わるlncRNAの探索の立ち上げもほぼ順調に推移し、SFTA1P lncRNAを見出すことができた。肺がん細胞の運動能の制御に関わることも明らかになっており、今後の詳細な分子機序解明には大いに興味が持たれるところである。
システム生物学的アプローチと分子細胞生物学的な解析を統合的に駆使して、これまでにMYCがん遺伝子の転写活性化に関わるMYMLR lncRNAを同定し、その分子機序の詳細を明らかとすることができている。今後は、MYMLRの機能や肺がんの発生・進展における役割について、MYMLRのKOマウスの樹立を含めた個体レベルでの検討を加えていきたい。また、今年度に同定したTTF-1リネジ生存癌遺伝子によって直接転写活性化されるSFTA1P lncRNAについて、次年度以降により詳細な分子機能を明らかとしていく予定である。また、p53の機能に関わるlncRNAに関する研究についても、予備的検討で得られている候補lncRNAについて、詳細な細胞生物学的及び分子生物学的検討を加えたいと考えている。
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