研究領域 | 植物新種誕生の原理―生殖過程の鍵と鍵穴の分子実態解明を通じて― |
研究課題/領域番号 |
16H06466
|
研究機関 | 横浜市立大学 |
研究代表者 |
辻 寛之 横浜市立大学, 木原生物学研究所, 准教授 (40437512)
|
研究分担者 |
坂 智広 横浜市立大学, 木原生物学研究所, 教授 (80343771)
|
研究期間 (年度) |
2016-06-30 – 2021-03-31
|
キーワード | フロリゲン / メリステム / 生殖 / 花成 / イネ |
研究実績の概要 |
フロリゲン(正体はFTタンパク質)は植物の花芽分化を開始させる因子である。すなわち植物の生殖を開始する最初の決断を下すマスタースイッチであり、花の中で行われる生殖過程のすべてはフロリゲンから始まると言える。本研究では、フロリゲンを中心とした「鍵と鍵穴」の実体を分子レベルで解明することを目的としている。すなわちフロリゲン(鍵)と受容体(鍵穴)の相互作用、フロリゲンを含む転写複合体(鍵)と標的遺伝子の活性化(鍵穴)、及びフロリゲンがsmall RNA(鍵)を介したエピゲノム制御(鍵穴)を誘導する制御である。 (1) フロリゲンと受容体が花芽分化を誘導するメカニズムの解明:フロリゲンを中心とした「転写因子複合体とその標的遺伝子」による「鍵と鍵穴」の機能については、アンチフロリゲンを介した機能制御の分子実態を領域内共同研究によって解明した (Plant Cell Physiol. 2018)。フロリゲンは茎頂メリステムに到達する際に茎の中で二段階の障壁を順に突破していることを発見した。さらに花芽分化の際に実際の形態形成上の変化を引き起こす植物ホルモンのイメージング系を開発した。これらのレポーターを用いて東山班との領域内共同研究によって二光子励起顕微鏡を用いた深部観察も実施し、フロリゲンの機能における「転写因子複合体とその標的遺伝子」による「鍵と鍵穴」活性化の時空間的な分子作動実態を解明することができた。 (2) フロリゲンの機能における「低分子RNAとエピゲノム」の「鍵と鍵穴」系の解明:フロリゲン到達前後の茎頂メリステムを材料とするトランスクリプトーム、DNAメチローム、small RNAome, プロテオーム解析を実施した。その結果、ゲノムワイドなDNAメチル化レベルの上昇が引き起こされることを見出した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
フロリゲンを中心とした「転写因子複合体とその標的遺伝子」による「鍵と鍵穴」の機能については、アンチフロリゲンを介した機能制御の分子実態を領域内共同研究によって解明した。アンチフロリゲンはフロリゲンと類似した構造を有するが一部が異なるために真逆の機能を示す分子である。この機能分化のメカニズムはフロリゲンの機能を理解する上で重要な問題であるため、領域のブレークスルーテクノロジーである構造生物学を得意とする公募研究・児嶋班との共同研究を展開した。その結果フロリゲンとアンチフロリゲンは同一の転写複合体上で競合しており、フロリゲンが優勢なら転写活性化複合体、アンチフロリゲンが優勢なら転写抑制複合体となることで標的遺伝子の発現を拮抗的に制御することを解明した。ロリゲンは葉で合成された後に花の形成される茎頂メリステムまで輸送されて花芽分化を開始させる。ここでフロリゲンは受容体と相互作用したのちに核輸送されて転写複合体を形成するが、この「転写因子複合体とその標的遺伝子」による「鍵と鍵穴」の分子実態、特に複合体形成と標的遺伝子の活性化に関する時空間的な実態は未解明であった。そこでブレークスルーテクノロジーの一つであるライブイメージングを駆使した研究を推進した。その結果、フロリゲンは茎頂メリステムに到達する際に茎の中で二段階の障壁を順に突破していることを発見した。茎頂メリステムに到達後フロリゲンは速やかに組織全体に拡散する。次いでフロリゲン受容体の分布をイメージングしたところメリステムの最外層に限局しており、フロリゲン・受容体・転写因子から構成される転写複合体は花成の最初にメリステム最外層で形成されることを明らかにした。
|
今後の研究の推進方策 |
(1) フロリゲンと受容体が花芽分化を誘導するメカニズムの解明:フロリゲンによる鍵と鍵穴の認証反応が時空間的に分布を変えながら生殖過程を開始させるメカニズムを解明することを目的としている。フロリゲンが2つの輸送ゲートを経て茎頂へ到達し、茎頂メリステム最外層で転写複合体を形成して標的遺伝子を活性化させる発見について論文発表する。オーキシン、サイトカイニンとフロリゲンの多重イメージングを可能とする植物を交配により作成する。東山班との領域内共同研究を通して二光子励起顕微鏡を駆使した茎頂メリステムの深部ライブイメージング観察実験系を完成させる。 (2) フロリゲンの機能における「低分子RNAとエピゲノム」の「鍵と鍵穴」系の解明:フロリゲン到達直前と直後の茎頂メリステムにおけるDNAメチル化、トランスクリプトーム、低分子RNA、プロテオームのマルチオミクス解析の結果を取りまとめて論文発表する。DNAメチローム解析については播種後の全ステージを網羅するタイムコースを取って解析を実施する。少数細胞エピゲノム解析技術を植物において確立する。 (3) 新種誕生を人工再現した合成異質倍数体におけるフロリゲン機能の解明:合成異質倍数体におけるホメオログ毎の遺伝子発現解析をpyrosequcencerを用いて追加解析し、成果を論文に取りまとめる。国際コンソーシアムの一員として参加しているコムギ10ゲノムプロジェクトにおいて、重要形質である花成を制御するフロリゲン遺伝子の情報解析を実施する。
|