計画研究
本研究において、大脳新皮質の発生過程において神経幹細胞が「増幅期」「ニューロン分化期」「グリア分化期」と時間と共に運命を変化させる機構を検討した。我々は以前に、遺伝子の発現抑制に働くエピジェネティック因子ポリコーム複合体が、神経幹細胞においてニューロン分化関連遺伝子を抑制することを報告した(Hirabayashi et al. 2009; Morimoto-Suzki et al. 2014; Tsuboi et al. 2018)。本研究において我々は、ポリコーム複合体が「ニューロン分化期」においてニューロン分化遺伝子を「仮抑え」 し、発現可能状態を維持していること、その際にポリコーム複合体のRing1BによるヒストンH2Aユビキチン化が関与することを見出した(Tsuboi et al. 2018)。一方「グリア分化期」ではポリコーム複合体はニューロン分化遺伝子を「永続抑制」しており、その際はH2Aユビキチン化は必要なくPhc2によるポリコーム複合体の重合が必須であることを見出した(Tsuboi et al. 2018)。これらの結果から、幹細胞の「分化能がある状態」と「分化能がない状態」をポリコーム複合体のふたつの異なる抑制モードが説明するという新しい概念を提唱したい。さらにこの二つの異なる抑制モードの転換(時間依存的なスイッチ)にはヒストン脱アセチル化が関与すること、またポリコームターゲット遺伝子座におけるPhc2結合量が増加することが重要であること、を見出した。神経幹細胞は発生過程で「ニューロン分化期」に入る前に「増幅期」と呼ばれる時期を経ることでまず神経幹細胞のプールを増やす。本研究においてこの「増幅期」から「ニューロン分化期」への転換の時期において神経幹細胞の遺伝子発現変化を網羅的に調べ、「発生時間」に依存してこの転換を引き起こす「トリガー」となる候補分子を同定した。
1: 当初の計画以上に進展している
大脳新皮質神経幹細胞の運命制御について検討し、ポリコーム複合体の幹細胞分化能制御における基本的機能について明らかにした。本研究で新しく見出したポリコーム複合体による分化遺伝子の二つの抑制モードは、神経幹細胞にとどまらず幹細胞の運命制御において普遍的に関与する可能性がある。また神経幹細胞のニューロン分化期からグリア分化期への転換に関わる中心的な機構を明らかにした。ポリコーム複合体の二つの抑制モードを切り替える因子(時間依存的なタイマー)の存在を示した。さらに、神経幹細胞の増幅期からニューロン分化期への転換機構についても重要な手がかりを得た。この時期の神経幹細胞の運命転換機構についてはいまだに殆んど不明であり、この手がかりから転換機構の理解と時間依存的なタイマーの分子的実体に迫ることができる。
神経幹細胞においてポリコーム複合体が二つの抑制モードによって分化能の有無を司っているという本年度までの結果に基づき、次に「ポリコーム複合体による仮抑制状態とはいかなるメカニズムによるのか」、つまり「どのようにしてポリコーム複合体による仮抑制状態は解除されるのか」、という点が大きな疑問となる。また、ポリコーム複合体は様々な系譜に関係する分化制御遺伝子を抑制するが、神経幹細胞におけるポリコーム複合体による遺伝子制御がなぜニューロン関連遺伝子群に選択的に起こるのかも明らかではない。そこでこれらの疑問に迫るべく、ニューロン分化期におけるポリコーム複合体の特異性や可逆性を司るメカニズムの検討を行う。神経幹細胞は発生過程で「ニューロン分化期」に入る前に「増幅期」と呼ばれる時期を経ることでまず神経幹細胞のプールを増やす。本研究においてこの「増幅期」から「ニューロン分化期」への転換の時期において神経幹細胞の遺伝子発現変化を網羅的に調べ、「発生時間」に依存してこの転換を引き起こす「トリガー」となる候補分子を同定した。そこで今後はこの「トリガー」候補分子が神経幹細胞においていかなる時期依存的な機能を持っているかを詳細に検討し、また「トリガー」候補分子がなぜその時期だけに働くのか(つまり「トリガー」候補分子の上流メカニズム)について検討する。これらの研究により、大脳新皮質発生において神経幹細胞がいかにして「発生時間に沿って」運命を変化させるのかを分子的に明らかにしたい。
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http://www.f.u-tokyo.ac.jp/~molbio/