研究領域 | 脳構築における発生時計と場の連携 |
研究課題/領域番号 |
16H06481
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
後藤 由季子 東京大学, 大学院薬学系研究科(薬学部), 教授 (70252525)
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研究期間 (年度) |
2016-06-30 – 2021-03-31
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キーワード | ポリコーム / 発生時間 / 幹細胞分化運命制御 / 神経幹細胞 |
研究実績の概要 |
本研究において我々は、遺伝子の発現抑制に働くエピジェネティック因子ポリコーム複合体が、神経幹細胞においてニューロン分化関連遺伝子を抑制することを報告し、これが大脳新皮質の発生後期において神経幹細胞が「ニューロン分化期」から「グリア分化期」と転換する際の鍵となるメカニズムであることを示した。特に、ポリコーム複合体が「ニューロン分化期」においてはニューロン分化遺伝子をRing1BによるヒストンH2Aユビキチン化を介して「仮抑え」 し発現可能状態を維持していること、一方「グリア分化期」ではポリコーム複合体はPhc2によるクロマチン凝集を介してニューロン分化遺伝子を「永続抑制」していることを見出した(Tsuboi et al. 2018)。これらは幹細胞の「分化能がある状態」と「分化能がない状態」をポリコーム複合体のふたつの異なる抑制モードが説明するという新しい概念を提唱するものである。また、ポリコーム複合体による抑制モードの転換において、MBD3を主要構成因子とするNuRD複合体が関与することも見出し報告した(Tsuboi et al. 2018)。 神経幹細胞は発生過程で「ニューロン分化期」に入る前に「増幅期」と呼ばれる時期を経ることでまず神経幹細胞のプールを増やす。本研究においてこの「増幅期」から「ニューロン分化期」への転換の時期において神経幹細胞の遺伝子発現変化を網羅的に調べた。その結果、クロマチン因子HMGA2の発現量がこの転換期において上昇すること、またHMGA2の上昇がこの転換期におけるニューロン分化能の亢進に必須であることを示唆する結果を得た(Kuwayama et al. bioRxiv 2020)。このように、発生時間に依存した「増幅期」から「ニューロン分化期」への転換を引き起こすトリガー候補分子を同定した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
神経幹細胞の「増幅期からニューロン分化期への転換」に関わる因子のスクリーニングを行い、HMGA2がニューロン分化期開始におけるニューロン分化能の獲得に重要な役割を果たすという発見に至った。これは、前年度までのポリコーム複合体による「ニューロン分化期からグリア分化期」転換メカニズムの発見に引き続き、神経幹細胞の発生時間に伴う運命転換機構の鍵となる部分を明らかにした知見である。 スクリーニングの中でHMGA2以外にも「増幅期からニューロン分化期への転換」期にかかわる因子の候補を得ている。 また、HMGA2タンパク質が幹細胞の機能を制御する際の分子的な性質(特にクロマチン状態の制御機構)も明らかにしつつある。 いずれも、当初の計画を上回る結果と言える。
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今後の研究の推進方策 |
神経幹細胞においてHMGA2がニューロン分化期開始におけるニューロン分化能の獲得に重要な役割を果たすという本研究の発見に基づき、HMGA2の生化学的性質を現在解明しつつある。すでに、クロマチン状態に対する影響を示す予備的結果を得ているので、今後はさらにその点について生化学的再構成の手法と分子細胞生物学的な解析、およびマウス個体を使ったフェノタイプ解析を組み合わせて研究を進める予定である。 発生時間に従った大脳新皮質神経幹細胞の「増幅期からニューロン分化期への転換」期に関わるHMGA2以外の候補因子について、さらに神経幹細胞のin vitro培養系ならびにin vivo個体を用いて解析を進める予定である。 本研究で行ってきたポリコーム複合体の発生時期依存的な活性制御メカニズムについてもさらに生化学的および分子細胞生物学的な解析を進める。
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