本研究では、現象の数理モデル化とシミュレーションを駆使し、時間と場に依存した脳発生制御機構を多細胞ダイナミクスに基づいて統合的に理解することを目的としている。そのため、分子・細胞・組織・器官レベルにおいて得られた個別の知見をコンピュータ内に集約し、それらを統合した脳発生シミュレーションプラットフォームの構築を進めてきた。
(A) 微小細胞間隙における神経細胞遊走の数理モデリング: 脳の発生過程において、新しく誕生した神経細胞は、機能を発揮すべき目的地まで長い距離を遊走する。この細胞遊走の過程で、神経細胞は、他の細胞群によって作られる微小間隙を通過しなければならない。しかしながら、間隙サイズに比べて大きな細胞核を持つ神経細胞が、いかにしてこの微小間隙をすり抜けるのかは未だ明らかでない。そこで、神経細胞による微小間隙通過の力学的メカニズムを明らかにするため、細胞遊走の数理モデルを構築した。特に、微小間隙通過時に生じる細胞後端のアクトミオシン収縮に着目し、微小間隙を通過する神経細胞を観察したin vitro実験をシミュレーションにより再現することにより、その力学的役割を検討した。
(B) 小脳皮質におけるしわ形成メカニズムの検討: 前年度までに構築した脳形態形成の数理モデルを小脳皮質のしわ形成に適用し、計算機シミュレーションにより、小脳に特徴的なしわ構造が形成されるメカニズムについて検討した。その結果、小脳皮質に見られる一方向性の規則正しいしわ構造は、左右軸方向に沿って配向した顆粒細胞の平行線維に働く張力によって誘導される可能性が示唆された。また、形態形成の進行とともに、小脳皮質の変形にともなってバーグマングリア線維に沿った顆粒細胞の移動方向が変化し、それが組織の不均一な組織成長を引き起こすことにより、しわの伸長が促進されることが示された。
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