中心対称性の欠如に基づく様々な物性をスイッチするには、物質の対称性を動的に変換する手法の開発が重要である。原子・イオンや分子の直接的構造変位に基づくこれまでの対称性制御と一線を画し、本研究では多核錯体中における非対称電子移動をトリガーとする全く新しい手法を確立することを目的とした。本年度は、分子内非対称電子移動を示す環状四核錯体の溶液中における挙動に着目し、研究を進めた。先ず、溶液中における分子内電子移動と酸化還元挙動の相関について検討を行った。その結果、非対称分子内電子移動に基づく電子状態変化に起因して、酸化還元反応エントロピーの符号が逆転することを見出した。すなわち、1分子レベルで生じる非対称電子移動が、熱力学パラメータの非対称性として巨視的に観測されることが明らかになった。このような挙動は、分子内の試行性電子移動を電気化学セルにおける指向性電流応答へと転写する意味で興味深いものである。一方、環状四核錯体と脂質アニオン分子の低極性混合溶液について、溶液中における構造体のキャラクタリゼーションを進めた結果、両者からなる特異な中空型球状構造体を形成することを透過型電子顕微鏡や動的光散乱測定から明らかにした。さらにこの溶液に屈曲架橋型水素結合ドナー(HBD)を加えた結果、非対称分子内電子移動に伴う特異な凝集挙動が観測された。この挙動は、架橋性を持たないHBD共存下では観測されないことから、分子内電子移動をトリガーとしてた全く新しい水素結合ネットワーク形成に基づくものであることを示唆しており、本研究の目的である電子移動に基づく対称性制御として極めて重要な結果であると考えられる。
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