研究領域 | 多様な「個性」を創発する脳システムの統合的理解 |
研究課題/領域番号 |
16H06527
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
中島 欽一 九州大学, 医学研究院, 教授 (80302892)
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研究分担者 |
今村 拓也 九州大学, 医学研究院, 准教授 (90390682)
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研究期間 (年度) |
2016-06-30 – 2021-03-31
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キーワード | 神経科学 / エピゲノム / 神経幹細胞 / 個性 |
研究実績の概要 |
個性というバリエーションを考えるにあたり、遺伝的な差異に依らない、エピジェネティックな差異を考慮することは重要である。本研究グループは、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤であるバルプロ酸の暴露により、成体になってけいれん感受性が増大していることを見出した。また、てんかん原生の増悪に関与するとされる、海馬における異所性ニューロン新生が増大していることも明らかにした。さらに、胎仔期バルプロ酸曝露マウスの成体神経幹細胞では、Cxcr4という細胞移動に重要な役割を果たす因子の遺伝子などの発現が低下していることを突き止めた。また自発的運動を行った胎仔期バルプロ酸曝露マウスの神経幹細胞では、Cxcr4遺伝子を含めた発現が正常化し、それによって亢進していたけいれん感受性も正常化した。さらにCxcr4遺伝子をレトロウイルスによって海馬神経幹細胞に発現させると、異所性ニューロン新生が抑制され、また、けいれん感受性も低下することを明らかにした。これにより、胎性期にバルプロ酸にさらされた個体であっても、運動というシンプルな方法によりその「負の個性」ともいうべきけいれん感受性増大を軽減させるという治療法の提示ができたと考える。計画者はVPAのヒストン脱アセチル化阻害剤としての機能に着目し、成体海馬神経幹細胞のエピジェネティクスへの影響を調べ、これまで明らかにしてきたVPAによる表現型創出のメカニズムを明らかにしたいと考えている。しかし、成体海馬神経幹細胞は極めて少数の細胞集団であり、従来の方法ではChIP-seq解析が実施できていなかった。そこで、今年度は微量サンプルに対するChIP-seq解析における種々の課題の解決に挑んだ。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度ではGFP陽性細胞の単離効率の改善と微量細胞サンプルに対するChIP-seq法の改良に注力した。 まず、細胞の生存率を上げる方向性で条件検討を行い、ショ糖密度勾配遠心を用いずに細胞を単離する方法を確立した。その結果、1匹のNestin-EGFPマウス海馬から単離できるEGFP陽性細胞の数は、以前の500個から6倍の3000個に増加した。また、成体神経幹細胞などの微量細胞サンプルの場合、従来の物理的なDNA切断方法では過剰な切断が起きてしまう。そこで、MNaseの酵素活性を利用することでDNAの過剰な切断を軽減させた、Native ChIP-seq法 (Amour et al., Nat Commun, 2015)を実施することにした。まずは、胎生15日の神経幹細胞5x10,000個に対してNative ChIP-seq法を行ったところ、その後の解析に耐えうるライブラリーを作製することができた。さらに、胎生12、13、14日に経胎盤VPA暴露された胎生15日マウスの神経幹細胞に対して、この方法でライブラリーを作成し解析を行ったところ、コントロール群とVPA暴露群ではH3K27Acなどのヒストン修飾の集積領域が異なっており、VPA胎生期暴露によってエピジェネティクスの攪乱が実際に起きていることが明らかになった。特にVPAが直接的に関与しているH3K27Ac(遺伝子発現と正の相関を示す)は、VPA暴露群で一部の最初期遺伝子のプロモーター領域やエンハンサー領域に集積しており、これらがVPAの標的となる重要な因子である可能性が示唆された。しかし、上記の改良細胞単離法とNative ChIP-seq法を組み合わせ、成体海馬から単離した3x10,000個のNestin-EGFP陽性細胞に対してライブラリーの作製しChIP-seqを行ったが、特異的な配列は抽出できなかった。
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今後の研究の推進方策 |
成体海馬のNestin-EGFP細胞に対するChIP-seqにより言及できるような結果は得られなかったが、改善策としてライブラリー作製キットの変更と、解析に用いる細胞数を増やすことを計画している。また、FACSによって求められる単離した細胞の収量は正確でない場合があり、目標の細胞数に到達していない可能性も考えられるため、利用細胞数の増加を検討する。前述のように、少なくともVPAの胎生期暴露直後にはエピジェネティクスの攪乱が起き、一部の最初期遺伝子については新たなH3K27Acの集積と遺伝子発現の相関が確認された。今後は、これまでの遺伝子発現プロファイルと今回得られたエピジェネティックプロファイル、さらに成体神経幹細胞のエピジェネティクスを統合させた解析を続け、鍵となる重要因子の選定をさらに推し進める
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