研究領域 | 多様な「個性」を創発する脳システムの統合的理解 |
研究課題/領域番号 |
16H06528
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研究機関 | 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター |
研究代表者 |
星野 幹雄 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター, 神経研究所 病態生化学研究部, 部長 (70301273)
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研究分担者 |
井上 高良 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター, 神経研究所 疾病研究第六部, 室長 (20370984)
天野 睦紀 名古屋大学, 医学系研究科, 准教授 (90304170)
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研究期間 (年度) |
2016-06-30 – 2021-03-31
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キーワード | 脳 / 個性 / 遺伝子 / AUTS2 |
研究実績の概要 |
様々な精神疾患に関連するAUTS2遺伝子は、その遺伝子産物が特に前頭前皮質で発現し、細胞骨格制御因子および転写制御因子として働き脳神 経回路形成に関与する。この遺伝子を失ったマウスでは、その行動様式および超音波発声が単純化する。以上から、この遺伝子が、ヒトをヒト たらしめている脳高次機能の獲得に関与し、さらに個性の多様性を生み出すために不可欠と考えられている。本研究では、ヒトで見出された多様なAUTS2の変異を持つマウスを遺伝子改変技術を用いて作成・解析することで、 AUTS2がいかにして神経ネ ットワーク形成に関与し、ヒトを含む動物の個性の多様性獲得に寄与するのか、を明らかにしようとしてきた。そこで、(a)AUTS2が興奮性シナプスの数の制限することを見出し、その結果として脳内のE/Iバランス制御に関わること、そしてその個体の行動が変化することが見出された。これは個性の一つの要素となるかもしれない。(b)近年では小脳の異常によりもたらされる自閉症が報告されてきていることから、小脳の微妙な機能変化が個性に影響を与える可能性が考えられた。そこで、小脳特異的なAuts2のコンディショナルノックアウト(cKO)マウスを作成して、Auts2の小脳における機能を調べたところ、AUTS2がプルキンエ細胞の成熟と、登上線維シナプスの制御を介して、協調運動や社会性行動に関与することを見出した。AUTS2遺伝子の少しの変化が個性の表出である行動に影響したと見ることもできる。(c)BACトランスジェニック技術を活用することで、AUTS2の様々な脳領域でのエンハンサーの同定を試みている。ヒト型、マウス型での同定が完了しつつあり、次はそれをネアンデルタール型に置き換える準備に取り掛かっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(a)AUTS2が興奮性シナプスの数を制限することを明らかにした。抑制性シナプスの数には影響しない。この分子の機能が失われると、シナプスの数も入力も共に興奮性>抑制性となること、その結果として脳の興奮性が上昇する(cFos陽性細胞の増加)。このことから、この遺伝子に異常を来した精神疾患患者では、E/Iバランスが崩れて症状を引き起こしていることが示唆された(Hori et al, iScience, 2020,)。予定通り論文化した。 (b) 小脳特異的cKOマウスの解析から、AUTS2が小脳プルキンエ細胞の成熟と、登上繊維シナプス、平行線維シナプスの発生に関与することを見出した(Yamashiro et al, iScience)。予定通り論文化することができた。 (c)ヒトおよびマウスゲノムのBACを用いたトランスジェニックマウスを作成することで、1.2MBにも及ぶ長大なAUTS2の脳の各領域におけるエンハンサーを同定した。ヒト症例ではAUTS2の様々なゲノム領域の欠失が見られるため、その症例におけるAUTS2の遺伝子発現が失われた脳領域の推定に役立つと考えられた(Inoue et al, 投稿準備中)。 上記の通り、2報の論文を出版することができ、残る(c)についても投稿準備中であることから、概ね順調と言える。
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今後の研究の推進方策 |
(i)終脳特異的cKOマウスの解析から、AUTS2が胎児期のIntermediate Progenitorの増殖に関わること、cKOマウスでは大脳浅層神経細胞の数が減ることを見出した。AUTS2遺伝子異常を持つ症例では小頭症が報告されている。そこでAUTS2遺伝子がIntermediate Progenitorの発生に果たす機能を明らかにするとともに、それが個性にどのような影響を及ぼす可能性があるかについて調べていく。 (ii)AUTS2の終脳特異的cKOマウスでは成体において海馬歯状回の成体神経細胞新生が極端に低下することを観察した。海馬は記憶の中枢であり、個性形成に果たす役割も大きいと思われる。そこで、AUTS2遺伝子が、胎児期の海馬の発生に果たす役割、および成体神経細胞新生に果たす役割を調べ、個性形成との関連についての示唆を得る。 (iii)ヒトおよびマウスゲノムのBACを用いたトランスジェニックマウスを作成することで、AUTS2の脳の各領域におけるエンハンサーを同定してきた。これからは、重要と思われる塩基配列について、ネアンデルタール型に置き換えることによって、エンハンサー機能の変化(脳領域の変化)について評価する。
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