計画研究
「個性」とは何か?どのように創発されるのか?それらの問題に対して,本研究では,ゲノム科学と脳科学の学際的研究領域である認知ゲノミクス的アプローチをヒトに近縁な霊長類に対して用いることによって,脳とこころの「個性」創発メカニズムを分子のことばことはで実証的に理解することを目的とする.「個性」創発の最も基盤となるゲノムの個体差の網羅的解析を,マカクザル(ニホンザル,アカゲザルなど)とマーモセットを用いて解析した.脳とこころの「個性」創発メカニズム解明に向けたアプローチのひとつとして,脳やこころが正常でない状態である精神疾患にある脳やその身体の状態を理解し.正常状態との比較を行う方法が考えられる.そこで,マカクザルとマーモセットにおいて,ヒト精神疾患関連遺伝子の変異解析を行い,霊長類における精神疾患自然発症モデル個体の同定を行った.令和元年度は,精神疾患に関与が示唆される解析遺伝子リストを従来の約500遺伝子から1281遺伝子に解析対象を拡大し解析を行った.また,細胞の個性を単一細胞ごとに高精度に計測するために構築した実験系および解析系を用いて,マーモセット脳を対象とした細胞の個性解析システムに関する実験を行った.昨年度に引き続き,生細胞からの単一細胞の調整方法に加えて,凍結組織などを用いた細胞核単一細胞核由来トランスクリプトーム解析の実験および解析技術の洗練化を行った.それらの実験・解析技術プラットフォームを用いて,新学術領域の研究計画班および公募班との連携研究としてシングルセルトランスクリプトーム研究を推進した.また,微量(数細胞から100細胞)から特定の脳領域(数百万細胞)のさまざまなスケールにおけるトランスクリプトーム研究を連携研究として行った.
2: おおむね順調に進展している
霊長類(マカクザルおよびマーモセット)を対象とし,精神疾患に関与が強く疑われる約500遺伝子に対して遺伝子機能喪失変異保有個体の同定を行った結果,多くの興味深い遺伝子機能変異異常個体を同定した.それらの結果を受け,さらなる霊長類精神疾患自然発症モデル個体の同定を目指して,令和元年度は,解析対象遺伝子の拡充を行い,1281遺伝子をターゲットとするプローブ合成を行った.細胞の個性を単一細胞ごとに高精度かつハイスループットに計測するための実験系および解析系標準パイプラインを確立した.新鮮な組織サンプルの入手が難しい場合(例えばヒトの凍結死後脳など),生細胞を単離することが難しいため,細胞核を用いる必要があるが,細胞核染色とセルソーターによる細胞核回収を組み合わせることで短時間・高効率・良質なライブラリを作製できる実験系を確立することができた.
引き続きヒト精神・神経疾患病態解明のための霊長類モデル動物の開発にむけ,マカクザルおよびマーモセットにおける遺伝子機能喪失変異を持つ個体の同定を進めていく.過去10年以上にわたる日本各地の飼育・繁殖施設との協力関係の構築の成果として,マカクザル1532個体,マーモセット2301個体のDNAおよびRNA試料を収集することが可能となった.特にマーモセットに関しては,日本の主な飼育施設の個体群を網羅しており,極めて貴重なバイオリソースである.解析においては,配列解析により得られるデータが,1個体につき10Gbyteを超えるため,解析処理のためのインフラを整えるとともに解析の並列化パイプラインの構築を行い,遺伝子機能喪失変異保有個体の同定を速やかに進めていくインフラの整備を引き続き行う.マカクザル,マーモセットともにそれぞれ1500個体以上の遺伝子解析に目処がたち,数多くの精神・神経疾患関連遺伝子に遺伝子機能喪失変異をヘテロ接合で保有する個体が同定できた.今後,これまでの解析で明らかになった遺伝的情報を用いたモデル動物の作出を進める.具体的には,ヘテロ保有個体同士の人工授精などによる交配を行いホモ個体の作出を目指す.また,シングルセルトランスクリプトーム解析を含めた細胞の「個性」解析のための技術開発を進め,新学術領域班員への技術支援を積極的に行い,領域内連携研究をさらに推進する.
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