研究領域 | 数理解析に基づく生体シグナル伝達システムの統合的理解 |
研究課題/領域番号 |
16H06575
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
井上 純一郎 東京大学, 医科学研究所, 教授 (70176428)
|
研究分担者 |
徳永 文稔 大阪市立大学, 大学院医学研究科, 教授 (00212069)
|
研究期間 (年度) |
2016-06-30 – 2021-03-31
|
キーワード | シグナル伝達 / 炎症 / 免疫 / 数理モデル |
研究実績の概要 |
井上はK63型ユビキチン鎖を刺激依存的に合成して転写因子NF-κBの古典的経路を活性化するE3酵素であるTRAF6を発見しその作用機構を研究してきた。近年、蛍光イメージング技術の進歩によって、多くのの転写因子の核内濃度が周期的に振動することが明らかになってきたが、この古典的経路においてNF-κBファミリーの一つであるRelAも振動すること、そしてこの振動が継続的な転写活性の維持に必要であると考えられている。井上はTRAF6を中心にその制御因子の解析を進めるとともに鈴木と連携してRelAの振動の制御機構を数理シミュレーションの立場からの解明を目指している。また、井上は非古典的経路でのRelBの振動を見出しているがその分子機構についても振動に関与するタンパク質Xを同定しXの核外搬出シグナル(NES)が重要な役割を果たすことも明らかにした。徳永はユビキチンのN末端を介する直鎖状ユビキチン鎖(M1Ub鎖)を特異的に生成するLUBACユビキチンリガーゼ(E3)複合体を発見し、LUBACが炎症性サイトカインによる古典的NF-κB経路の活性化を導くことを明らかにした。また、本領域研究においてオプチニューリン(OPTN)変異による筋萎縮性側索硬化症(ALS)発症にOPTNのM1Ub鎖結合性の喪失に伴う神経炎症の亢進が密接に関与することを報告した。さらに、LUBACに対する新規阻害剤探索や、井上・鈴木とともに多様なユビキチン修飾を介したNF-κBシグナル制御の細胞生物学・数理科学的解析を行っている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度井上は、鈴木と連携して古典的経路でのRelAの振動に関する新たな数理モデルの提唱に成功した。RelAの振動に関する数理モデルはこれまでも多く報告されているが,リン酸化の役割を明確に示したものは報告されていない。そこでIκBaとRelAのリン酸化の役割に注目してモデルを構築した.その結果、リン酸化を考慮したモデルでは安定な周期軌道が遷移的に出現し,それによってNF-κBの振動が引き起こされることが確認された.そのため,NF-κBの振動は初期条件に依存せず一定の周期を得ることができる。一方で,安定な周期軌道の周期や振幅はリン酸化に関するパラメータによって決定されることも確認された.このことからリン酸化が正常に行われない場合に周期や振幅に破綻が生じることが考えられる。これらの成果は NF-κB活性化制御機構に独創的な知見を与えるものでありシグナル伝達経路のさらなる理解に繋がることが期待される。今年度の研究で徳永は、JT Pharmaとの共同研究として25万個の化合物ライブラリーからLUBAC阻害剤を探索し、HOIPIN-1と命名した新規化合物を発見した。さらにその展開体を合成し、阻害活性が亢進した化合物(HOIPIN-8)を同定した。また、石谷とともに細胞内DNAセンサーcGASによって生成される炎症メディエーター(cGAMP)の分解を司るENPP1の構造と活性機能相関を解明した。さらに、ユビキチン修飾系の解析に必要なラットモノクローナル抗体を独創的に調整した。これに加えて、鈴木と連携してT細胞受容体を介したNF-κB経路におけるM1Ub化の寄与を数理シミュレーションにて解析しており、澤崎・渡部とNF-κB制御に関わるE3や脱ユビキチン化酵素の解析や質量分析を用いた細胞内基質探索を進めている。
|
今後の研究の推進方策 |
井上は1)非古典的経路でのRelB振動の数理モデルを構築する。2)非古典的経路でのRelB振動と転写制御との関係を明らかにする。3)乳癌腫瘍内での上皮細胞と間葉細胞間の相互転換の制御機構を解明し、それを数理シミュレーションする。4)K63型ユビキチンを介するシグナル伝達の新たな制御機構を解明する。徳永は、1)平成30年度の研究で同定したLUBAC阻害剤を用いてLUBAC 阻害の分子メカニズム解明、細胞レベルでの炎症シグナル伝達への影響、活性化B細胞様びまん性大細胞型B細胞リンパ腫や乾癬など疾患に対する創薬シーズとしての評価に関する研究を完成させる。さらに、上野と連携し、より強力で選択性が高く毒性を持たない化合物の合成を目指す。2)井上・鈴木とともに進めているT細胞受容体を介したNF-κB経路の解析においてもLUBAC阻害剤を用いた反応抑制系の数理シミュレーションを導入し、リンパ球におけるNF-κB活性化の特性を細胞生物学解析および数理科学の両面から明らかにする。3)澤崎・渡部と連携しているNF-κBシグナル制御性新規E3や脱ユビキチン化酵素について細胞・マウスレベルの解析や疾患との関連を明らかにする。井上、徳永はともに新規公募班と積極的に共同研究を立ち上げ、細胞内シグナル伝達やユビキチン修飾と数理解析との橋渡しに寄与する。
|