c-Mycは最も有名ながん原遺伝子産物の一つであり、その異常は発がんにつながる。c-Mycの機能は多彩であり、多くの生体内システムに広汎に影響を及ぼす。特に代謝系の酵素群はc-Mycによって著しい変化を示すものが多く、c-Mycは代謝系を「静止型」から「増殖型」にスイッチさせるためのマスター分子として振る舞うことが知られている。われわれは足場非依存的増殖能を獲得してがん悪性進化を起こす細胞モデルを構築し、全ての代謝系酵素をわれわれが開発した次世代プロテオミクス「iMPAQTシステム」によって定量することによって、がん悪性進展時にどのような変化が生じているかを検討した。がん悪性進展時にはc-Mycの発現量が上昇し、それによってグルコース代謝、グルタミン代謝、核酸合成経路等が大規模にリモデリングされていた。グルコース代謝においてはHK2、PFKM、LDHB等の酵素量が増加し、ワールブルグ効果を引き起こすことが判明した。一方グルタミンの運命決定を司る酵素であるGLS1(グルタミノリシスへ向かう酵素)が減少すると共に、PPAT(プリン合成経路へ向かう酵素)が増加し、PPAT/GLS1比が増加することが判明した。代謝ラベリング解析によって、グルタミンの運命はTCA回路から核酸合成経路へと大きくシフトしており、これはPPAT/GLS1比の上昇と一致した。人工的にPPAT/GLS1比を上昇させると足場非依存的増殖能が高まり、逆にPPAT/GLS1比を低下させるとがん悪性化が阻害されることが明らかとなった。またヒトがんのメタ解析によって、PPATを含む核酸合成経路の酵素群が多くのがんにおいて予後に強く相関することが判明した。これらの結果から、c-Mycによって生じたがん代謝ネットワークの全体的な変化は、がんの悪性進展にとって重要であることが判明した。
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