計画研究
これまでの研究期間では、日本赤ちゃん学会で保育実践にむけたラウンドテーブルを行うなど、保育の現場での一般講演などで知見を広め、一般誌の取材協力を行った。また、0歳児向けに光沢感や感覚間統合を利用した図版を使って魅力的に感じられる絵本の作成と出版に協力し、児童青年期に向け思春期を迎えた心身の悩みを解決することを目標としつつ身体性についての最新の心理学の科学的成果に基づいた「こころと身体の心理学」を岩波ジュニア新書より出版した。論文として採択された主な成果は(1)ADHD児の表情知覚の異方性(怒り顔認知の困難さ)に対する治療薬(コンサータ)の効果を、fNIRS(近赤外分光法)を用いて検討した。笑顔を観察する際には一貫して顔活動部位である右下後頭回の活動が見られたのに対し、怒り顔は治療薬服薬後のみ左下後頭回の活動が上昇したことから、治療薬が怒り顔の脳内処理を促進することが示された。(Neurophotonics)で、自治医科大学と独協医科大学越谷病院と共同で行った成果である。(2)マガーグ効果と呼ばれる顔と音声が不一致な状況で異なる音声が聞こえる現象の異文化比較発達を検討する実験を計画し、fNIRS(近赤外分光法)を用いて乳児の脳活動の賦活を検討した(Frontiers in Psychology)。日本人の乳児に日本人の女性と欧米人の女性の顔で同じ錯視を提示したところマガーグ効果の見られない映像では生後7ヶ月の乳児は左右両側頭が活動するもののマガーグ効果の刺激では言語にかかわる左側頭のみが活動し、この効果は自人種(日本人の女性の顔)でのみ見られることが明らかとなった。言語獲得に際し同じ文化で育つ顔を見ることの重要性が明らかになった研究成果である。その他の成果として、水と氷という物体を知覚する際の視聴覚統合を検討した研究や(Journal of Vision)、乳児の両眼視野逃走を検討する研究(Frontiers in Psychology)などを発表した。
2: おおむね順調に進展している
昨年度に引き続き、顔と身体表現を捉える時の脳活動の機能的分化とその発達過程を検討する研究、顔を介したコミュニケーションの比較研究、シーンの認知の文化差の研究を行ない、社会的なふれあいについての実験研究を、コロナ下ではあるもののカナダ・フランス・イタリアとコンタクトをとりながら進めている。顔反応領域と身体反応領域の発達過程を探る研究は論文投稿中で、成果の出たマガーグ効果の研究は既に出版された論文とは別に海外のデータを含めた2本の論文を投稿中である。また、会話をしている女性の顔と声の統合過程の文化差を検討する実験は、イギリスからの研究員と共同研究を進めている。瞳孔反応を用いた同調現象の研究は論文投稿中が一本と、心拍反応を取った論文が投稿準備中である。さらにシーンの文化差の研究は、前景と背景への注目の違いを日本とフランスの乳児で比較する実験を実施中である。このように今年度は、スイスやフランス・カナダの研究者と共同で文化差の形成過程を検討する研究を行っているが、いずれの実験室も現在被験者を呼べない状況が続いている中で、メールやスカイプなどで情報交換を行っている。fNIRSの親子同時計測やEEG計測など多様な手法の導入はコロナ収束後に実験を開始できる状況で、これにより顔学習時の潜在処理と顕在処理メカニズムをさらに多元的に解明する予定である。
今後の研究のために、精度の高いアイトラッカーの購入と、脳波計測(EEG)の機器の購入がある。こうした機器を導入し、コロナ下でデータ収集を中断した接触型の研究を推進する予定である。今後の計画としては、顔のみならず身体についての研究も行い、特に身体に関する2つの研究を計画している。1)身体意識を構成する重要な要素である身体所有感の獲得過程を解明するため、ラバーハンド錯覚を利用した乳児実験。2)身体接触を伴う社会相互作用の神経基盤を明らかにするため、身体接触の伴う親子の脳活動ハイパースキャニングを行うこと。fNIRSを2台用いて同時計測を行うための準備を進めている。これらの研究はコロナが収束した後にすぐにデータが取れるように準備している。また、昨年度に引き続き、潜在処理を計測するための手法についてさらに検討を行い乳児を対象としたSCR(皮膚電位反応)や瞳孔反応 などの自律性反応の同時計測については既に着手済みで、来年度でデータを収集し論文化することを試みる。このような自律性反応の計測により、潜在処理過程を明らかにすることが可能である。さらには引き続き、カナダ・スイス・アメリカ・イタリアとの共同研究機関 とともに研究を推進する。昨年度以来、顔をめぐる視覚注意を調べるため高速逐次視覚提示課題手法の導入に成功したことや、様々な潜在処理の基盤となる受容野機能の発達を解明したことなどにより、これらの成果は個人差の解明や潜在処理の発達を検討する手段として、今後の研究に有用な手法として展開することができる。多様な人々が集う現代社会において、顔と身体表現の文化的な相違や多様性を意識と無意識処理の相違から知ることは、異文化理解においては必須とされる。今後もさらに乳児を対象に意識の外に追いやられた潜在的な過程の文化的差異を知るため、顔と身体表現の“顕在処理過程”と“潜在処理過程”の発達を検討する。
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Frontiers in Psychology
巻: 10 ページ: 3389
Journal of Vision
巻: 20:5 ページ: 1-7
巻: 11 ページ: 971
Neurophotonics
巻: 7(2) ページ: 025003
10.1117/1.NPh.7.2.025003.