研究領域 | 分子夾雑の生命化学 |
研究課題/領域番号 |
17H06348
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
浜地 格 京都大学, 工学研究科, 教授 (90202259)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2022-03-31
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キーワード | 分子夾雑 / 有機化学 / ケミカルバイオロジー / 蛋白質 / 細胞・組織 |
研究実績の概要 |
これまでに我々は、幾つかのリガンド指向性化学やアフィニティ駆動型触媒化学など、分子夾雑系でも有効な有機化学的方法論を開発してきたが、反応効率や選択性に今なお問題があり、細胞機能解析への適用は数例に限られている。そこで初年度では、ヘテロ原子を含む求核置換反応、芳香族求電子置換反応など、タンパク質表面での新反応開発を行った。FKBP12やeDHFRなどのモデルタンパク質を用いて、精製した試験管内実験系によって反応効率、速度定数、アミノ酸選択性を定量的に求めた。それを基盤に分子構造最適化のための知見を収集した。続いて生細胞でのラベル化実験について検討した。細胞夾雑系での実験では、ラベル化後に細胞を破砕したウェスタンブロッティングや生細胞そのままを使った蛍光イメージングなどを駆使し、標的タンパク質に対する選択性や反応効率について検証を行った。その結果、これまでのリガンド指向性化学よりも有望なラベル化反応を発見する手掛かりとなる結果を得た。 また、細胞オルガネラを構成する生体分子群(タンパク質、脂質、糖、小分子など)を網羅的に解析する戦略として、標的オルガネラに自発的に局在・濃縮しその場で反応する標識試薬の検討を行った。具体的には、オルガネラへの局在化モチーフと、反応基を連結したオルガネラ局在型反応性分子(ORM)を設計し合成した。幅広い化学標識を実現するために、新規反応基も含めた様々な反応性官能基を有するORMのライブラリーを構築した。培養細胞を用いて、核、ミトコンドリア、小胞体(ER)を標的としたORMのオルガネラ局在能、修飾率、細胞内安定性等を評価し、優れた分子の選別を行った。特にER局在を示すORMは、これまでにない新規なものであり、ER-ORM試薬によって局在タンパク質を化学修飾し、CIBICに配置された顕微鏡や質量分析計を駆使してその網羅的解析を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記の実績概要で述べたように、基軸となる二つの研究テーマは初年度計画した成果がほぼ得られており、順調に推移していると判断できる。特にリガンド指向性化学に関する定量的な評価にほぼ目処が立ったことは、特筆すべきことであり、これによって既存のbioorthogonal chemistryの反応との比較が行える可能性が出てきた。また、本計画には大きくは含まれていなかったが、分子夾雑システムを人工的に構築する方法論として、非共有結合的な相互作用を主な駆動力とする自己組織化分子(超分子)を用いたself-sorting繊維の複合化、多成分化に成功し、これが刺激に応じて双方向に力学特性を変化させる新しいソフトマテリアルとなることも明らかにした。これは分子夾雑というコンセプトが、材料設計にも大きな指針を与えることを示すものであり、当初予定していなかった想定外のものとして、本領域にとっても有益な知見を与えると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
初年度に見出した新しい発見の種を大きく発展させる予定である。具体的には、初年度に手掛かりを得た、ヘテロ原子を含む求核置換反応型の新しいリガンド指向性化学を、他の反応と定量的に比較するために、これまで行われていなかった速度論解析を行う。これらの結果を基に、従来報告されているbioorthogonal反応(Clickや逆電子要請型DA反応)と、我々のリガンド指向性化学の相対的な位置付けを明確にできると期待している。またこれを踏まえて、細胞表層あるいは細胞内でのタンパク質ラベル化について検討する。これらは、分子夾雑系における有機化学反応の体系化と、更なる反応開発の半定量的な指標を与えると期待できる。 また標的オルガネラに自発的に局在・濃縮し、その構成分子と効率的に反応する標識有機分子の開発をさらに進め、新しい展開を目指したい。具体的には、オルガネラへの局在化モチーフと、生体分子と反応する反応基を連結した「オルガネラ局在型反応性分子(ORM)」にClick反応基を導入(オルガネラ局在型Click反応分子(OCR))し、特にミトコンドリアおよび小胞体(ER)という二つのオルガネラにOCRを局在させ、各オルガネラを構成する生体分子群(特にタンパク質と脂質を中心に検討を進める予定)をオルガネラ選択的にラベル化し、プロテオミクスとイメージングによって解析する基本戦略の確立を進める予定である。これによって、細胞夾雑環境での有機化学の標的が、タンパク質だけでなく脂質にも広げられると考えている。なお、その解析には、総括班CIBICに配置された最新の共焦点レーザー顕微鏡と質量分析計(LC-MS/MS)を活用し、ERとミトコンドリアにおいてオルガネラ構成成分の動的な変化を追跡し、生細胞中でのオルガネラの機能と役割の理解へと進みたいと思う。
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