研究領域 | 分子夾雑の生命化学 |
研究課題/領域番号 |
17H06350
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
萩原 伸也 名古屋大学, 理学研究科, 准教授 (80373348)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2022-03-31
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キーワード | 植物ホルモン / ケミカルバイオロジー |
研究実績の概要 |
オーキシンは植物成長を制御する植物ホルモンのひとつである。古くから盛んに研究されているが、そのシグナル伝達機構には曖昧な点を多く残す。その主な要因は、オーキシン受容体TIR1(TRANSPORT INHIBITOR RESPONSE 1)の遺伝学的特色である。モデル植物として用いられるシロイヌナズナにはTIR1以外に5種類のファミリータンパク質が存在し、これらの受容体は互いに機能を補い合っている。そのため、遺伝学的にすべての受容体を欠損させないと明確な表現型が現れない(冗長性)。一方でオーキシン応答は植物の成長に必須であるため、TIR1ファミリー全てを欠損させると植物が育たず、解析を行えない(致死性)。このようなジレンマのため、従来のTIR1の機能解析は6個ある受容体のうち2個もしくは3個を欠損させた変異体を用いて行われており、曖昧な結果しか得られていなかった。こうした遺伝学の根本的な問題を解決すべく、我々はオーキシン受容体の機能を明確に解析できる新たな手法の開発を目指した。 我々は凸凹法(bump-and-hole approach)を適用することで、既存の植物科学の限界を乗り越えた。TIR1に点変異(フェニルアラニン→グリシン)を導入することで結合ポケットを拡大した人工TIR1(凹TIR1)を作り、対応する位置にアリール基を導入した人工オーキシン(凸オーキシン)を合成した。in vitroでの結合評価の結果から、天然のオーキシンは凹TIR1に結合しない。一方で凸オーキシンは天然型TIR1に結合しないが、凹TIR1に結合することが明らかとなった。この凹TIR1を導入した組換え植物に凸オーキシンを与えたところ、野生型植物に天然型オーキシンを与えた際と同様の生理応答が見られた。以上のことから、内在の系とは独立に、人工オーキシンでのみ作動する人工TIR1経路の確立に成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
我々はこの系を用いて、オーキシン誘導性の伸長成長の機構解明に取り組んだ。植物をオーキシンで処理すると、数分以内に急激な伸長が観測される。こうした迅速な伸長成長はオーキシンの代表的な生理作用であるが、その詳細な機構は明らかになっていない。特にその受容体に関しては長い間議論が続いており、過去の知見からこの経路にはTIR1以外の未知の受容体が関与すると信じられてきた。そこで、申請者は開発した凸凹オーキシン-受容体ペアを用いて、伸長成長におけるTIR1の関与を調査した。野生株と凹TIR1を発現させたシロイヌナズナに対して、それぞれ凸オーキシンを作用させた結果、野生株ではほとんど伸長が見られなかったが、凹TIR1を発現する植物では明らかな伸長が観測された。これにより、オーキシンによる伸長成長にTIR1が関与していることが明らかとなった(Nat. Chem. Biol. 2018, 14, 299.)。本結果は現代の植物生理学の常識を覆す、まさに教科書を書き換える発見であると同時に、開発した凸凹ペアが植物科学における強力な研究ツールになることを明確に示している。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究では、植物ホルモンのひとつであるオーキシンのシグナル応答の制御を目指し、人工の凸凹ペアの開発を行った。上述のように、開発した凸凹ペアを用いることで、130年以上謎とされてきた植物成長に関与するオーキシン受容体の同定に成功した。これは我々の提案する凸凹法によるオーキシンシグナルの制御が、遺伝学では解明できなかった課題を克服したことに示している。受容体タンパク質の冗長性問題はオーキシンに限られたことではなく、植物科学全般に当てはまる一般的な問題である。そのため、他の植物ホルモンに関しても、シグナル伝達機構や器官・組織レベルで応答の理解はほとんど進んでいない。そこで本研究では、凸凹法を他の植物ホルモンにも適用し、様々な植物ホルモンのシグナル応答を器官・組織レベルで制御することを目指す。申請者は、凸凹ペアの開発に着手する植物ホルモンとして、サイトカイニンとジベレリンを選んだ。これら2つの植物ホルモンは植物の成長・発達に不可欠であり、多くの研究者により盛んに研究がなされてきた。これらの植物ホルモンの受容体はすでに同定されており、X線結晶構造解析により植物ホルモンと受容体の結合様式が明らかになっている。そのため、X線結晶構造に基づいた分子設計により、合理的かつ迅速に凸凹ペアを構築することが可能である。また、これら2つの植物ホルモンは現在農園芸に利用されている。前述の通り、凹受容体を部位特異的に発現させることで、植物全体に凸ホルモンを処理しても望みの生物活性のみを利用することが可能である。このように、サイトカイニンとジベレリンの凸凹人工ペアの開発は、植物科学の基礎研究における革新的な分子ツールとなるだけでなく、将来的には農業効率を飛躍的に向上させる可能性を秘めている。
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