研究実績の概要 |
本研究では細胞内の分子夾雑な環境における生体分子の相互作用を定量に解析し、得られた定量的パラメータを基に生体反応を合理的に制御する技術の開発を目指す。そのために、特に生命の遺伝情報を担う核酸に着目し、次の二点を遂行する。 (1) 細胞環境の化学模倣実験系の構築:細胞の生体分子の物性や形状を模倣した合成分子を用いて細胞模倣実験系を構築する。 (2) 細胞における生体分子の定量的機能―環境定量相関(QFER)の解明:上記実験系を用いて、核酸の構造安定性や機能と環境因子の定量的相関関係を解明し、セントラルドグマに関与する核酸の機能を合目的的に制御する。 本年度(平成29年度)は、夾雑分子(ポリエチレングリコール(PEG)、デキストラン等)を用いて細胞模倣実験系を構築し、がんや神経疾患に関わる領域のDNAの構造や安定に及ぼす影響を解析した。その結果、夾雑分子は、DNAの標準構造である二重鎖の全体構造には影響を与えず、二重鎖内のワトソン・クリック塩基対を不安定化し、ミスマッチ塩基対は不安定化しないことがわかった (Biochem. Biophys. Res. Commun., 496, 601 (2018))。一方、夾雑分子は非標準構造であるDNA四重鎖のトポロジーを変化させ(Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 114,9605 (2017))、四重鎖の熱安定性を大きく安定化させることを見出した (J. Am. Chem. Soc.,140,642 (2018))。さらに、QFERの解明を目指し、細胞内において転写、翻訳反応過程を定量的に解析する手法を開発し、細胞内における核酸構造の重要性を示唆する知見を得た (J. Am. Chem. Soc., 140,642 (2018))。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、上述した(1)の分子夾雑環境が核酸構造に及ぼす影響について解析を行った。その結果、核酸の構造によって異なる夾雑分子の影響をエネルギーレベルで解析し、データベースの構築に着手することができた。さらに、得られた知見を基に、夾雑環境下における核酸構造が複製、転写、翻訳に及ぼす影響を解析し、夾雑環境下における核酸構造の機能についても明らかにすることができた。具体的には、がん遺伝子中の四重鎖構造という特殊な構造がDNA複製反応を効率的に阻害し、その阻害効果が、四重鎖のトポロジーによって異なることを見出すことができた(Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 114, 9605 (2017))。さらに、細胞のがん化とその進行に伴う細胞内の夾雑環境の変化(カリウムイオン濃度の低下)に注目し、カリウムイオンとの結合によって構造が安定化する四重鎖が、がん遺伝子の転写量を制御していることを見出した(J. Am. Chem. Soc., 140,642 (2018))。これらの研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society誌」2018 年1月17日号の表紙(Supplementary Journal Cover)に掲載され、新聞各紙(2017年10月25日付神戸新聞、2018年1月29日付日刊工業新聞、2018年2月21日付神戸新聞)朝刊に取り上げられた。以上の研究成果から、本研究はおおむね順調に進展していると考えられる。
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