研究実績の概要 |
本研究では細胞内の分子夾雑な環境における生体分子の相互作用を定量に解析し、得られた定量的パラメータを基にセントラルドグマに関わる生体反応を合理的に制御する技術の開発を目指す。 そのために2019年度は、分子夾雑環境下において、生体反応に摂動を与える非二重らせん構造を物理化学的手法によって解析した。がんの進行に伴って細胞内のカリウムイオン濃度が低下するが、本研究によって分子夾雑環境下において三重らせん構造はカリウムイオンが低下しても安定に構造を形成できることが示された(Molecules, 25, 707 (2020))。さらに、四重らせん構造は、分子夾雑環境を誘起する共存溶質の水酸基の数によって、トポロジー(パラレル、ハイブリット型など)を変化させることを見出した(Biochem. Biophys. Res. Commun., 525, 177 (2020))。四重らせん構造は、トポロジーによって複製反応及ぼす影響が異なり、細胞内には糖や代謝産物など水酸基をもつ溶質が多く含まれることから、細胞内でも周辺環境に応じたセントラルドグマ制御機構があることを示唆する結果を得た。 さらに、セントラルドグマの制御を目指して、植物フラボノールであるフィセチン(Fis)とi-モチーフ(C-四重らせん)構造の相互作用を解析した。その結果、i-モチーフは複製を抑制するが、FiSの結合によってi-モチーフが解離し、複製が進行することを見出した(Sci. Rep., 10, 2504 (2020))。また、分子動力学計算を基に設計した、分岐型オリエチレングルコールやピレンをもつ人工核酸を合成した結果、人工核酸によって四重らせん構造が大きく安定化されることが見出された(Molecules, 25, 387 (2020)、 Nucleic Acids Res, 48, 3975 (2020))。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究では、生命の遺伝情報を担う核酸に着目し、(1) 細胞内の核酸の挙動を物理化学的に理解するため「細胞模倣実験系を構築する研究」を行う。さらに (2) 「生体分子の定量的機能―環境定量相関(QFER)の解明する研究」として、(1)の成果を基に、セントラルドグマに関与する核酸の機能を合目的的に制御する研究を遂行する。 2019年度は、(1)として、生体反応に摂動を与える非二重らせん構造を物理化学的手法によって解析し、核酸と水分子、共存溶質、イオンの相互作用の重要性を示唆する結果を得ており(Biochem. Biophys. Res. Commun., 525, 177 (2020)など)、物理化学的観点から細胞内での核酸の挙動を解明しつつある。 さらに(1)において細胞内の核酸構造を予測する指針が得られたことから、 (2)として、細胞周期などの環境変化に応答して変化する核酸構造の役割を解析する研究に着手することができた。例えば、神経変性疾患細胞において毒性を示す凝集体を形成するRNAは、カチオンの濃度に応じてRNAの構造を変化させ、液―液(または個体)相分離を引き起こすことを見出した(Biochemistry, 59, 1961 (2020))。さらに、複製や翻訳反応において、四重らせんーヘアピンの構造変化によって、ぞれぞれの反応が阻害されていることを見出した(Sci. Rep., 10, 2504 (2020)、Molecules, 24, 1613 (2019))。これらの成果を総説として発表し(Chem. Commun., 56, 2379-2390 (2020)、Biophys. Rev., in press, 2020)、ロシア、スロベニアにおけるレクチャーツアーとして成果を発表し、分子夾雑の研究成果の積極的な発信に努め、本研究は当初の計画以上に進んでいる。
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