研究領域 | 進化の制約と方向性 ~微生物から多細胞生物までを貫く表現型進化原理の解明~ |
研究課題/領域番号 |
17H06386
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
金子 邦彦 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (30177513)
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研究分担者 |
藤本 仰一 大阪大学, 理学研究科, 准教授 (60334306)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2022-03-31
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キーワード | 表現型進化 / ゆらぎ / 安定性 / 可塑性 / 発生進化対応 |
研究実績の概要 |
(1)表現型進化の方向性と拘束のシミュレーションとポテンシャル理論:表現型が低次元に拘束されるシミュレーションおよび理論の普遍性を求めた。まず、触媒反応系と遺伝子制御ネットワークの進化シミュレーションで遅いモードが分離してくることを確認し、その理論を考察した。さらに統計力学のスピングラスモデルを用いてターゲット配置を持つように進化させると、外場および相互作用行列への変異に対して相関したスピン応答が生じる、つまり低次元拘束が生じることを確認し、これを統計力学の相転移として理解した。ついでタンパクのダイナミクスのモデルを用い可塑性と変異に対する頑健性の両立からダイナミクス(ヤコビ行列)の固有値分布を求め実験データと対応することを確認した。 (2)階層性進化:分子と細胞の間の階層については両者の複製の整合性から分子が遺伝情報を担う側と触媒機能を担う側へ役割分化することを対称性の自発的破れとして示した。これを統計力学と階層的Price方程式に基づいて説明し、分化のための変異率と分子数の条件を求めた。ついで細胞とその集団の階層に関しては、ホストとパラサイトと間の相互作用により揺らぎを増加させる進化が生じ、それが可塑性をうむことを示した。また細胞と細胞集団の階層では細胞が有用成分をもらすことで多種共生が生じることを示した。 (3)進化発生対応の理論:細胞から多細胞組織さらには器官にいたる階層の形態や配置に注目し、幾何学的な性質の揺らぎと拘束を調べた。植物幹細胞の分裂面においては、3次元形状の揺らぎを制御する幾何学的仕組みを見いだしつつある。動物上皮組織においては、細胞の幾何形状の揺らぎが変異細胞と正常細胞の競合に寄与することを解明した。また、ミズクラゲのポリプ期においては、器官配置過程をライブ観察する系を構築し、器官配置順序に個体差を見出しつつある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)表現型進化の方向性と拘束のシミュレーションとポテンシャル理論:昨年度に進めた、表現型の環境や進化による変化が低次元の状態空間に拘束されるという結果をまとめて出版した。またこれらをまとめた総説をAnnualReview of Biophys.および物理学会誌に発表した。これらの結果として、各形質のノイズによる揺らぎと遺伝子変異による揺らぎが相関していることが導かれたのは進化の方向性と拘束を定量的に表現する結果として本新学術の基本となる結果である。また触媒反応ネットワークモデルに加えて遺伝子制御ネットワークそして統計力学のスピングラスモデルで低次元拘束の普遍性が見出されつつあるのは今後の基盤となる重要な一歩である。さらに2倍体有性生殖の場合で表現型の安定性とメンデル遺伝の関係が見出されつつあるのは新しい方向の成果である。 (2)階層性進化:細胞内分子数がある程度以上になると遺伝と機能を担う分子の役割が対称性の破れで生じ、その条件を突然変異率と細胞内の分子数との関係で表せたのは、実験的検証に耐える成果であり、今後、その検討を始める。細胞と細胞集団の階層では細胞が有用成分をもらすことで多種共生が生じることが見出されており、これは共生が広く生じることの理解につながる。また種間相互作用を含むモデルで揺らぎの増加により可塑性がますことが見出されたのは、揺らぎー可塑性―多様化を結びつけるための一歩として意義がある。 (3)進化発生対応の理論:細胞形状の揺らぎを制御する幾何学的仕組みの解析が植物幹細胞と動物上皮細胞で着実に進んだ。また、クラゲ器官の配置過程の解析系構築が予想以上に進んだ。これにより、形態の揺らぎの制約を、動植物双方において、細胞レベルと器官配置レベルで解析できるようになった。
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今後の研究の推進方策 |
(1)表現型進化の方向性と拘束のシミュレーションとポテンシャル理論:表現型進化の方向性と拘束の理論:タンパクのデータとの対応、またこのような低次元構造の形成の理論を進め進化の方向性を理論的に表現し、これらを表現型のロバストネスと可塑性と結びつける。さらに公募班の実験との比較も進める。大自由度の表現型空間からいかに自由度の削減が生じた時にこれをマクロなポテンシャル地形であらわす理論を定式化する。さらには単なる突然変異だけでなく水平的遺伝子伝播や有性生殖に対して理論を拡張する。 (2)階層進化理論:分子―細胞―細胞集団の階層をまたがる進化の理論を展開する。細胞と細胞集団の階層では有用成分をもらすことで生じる多種共生をまとめて出版する。さらに多様化と可塑性の関係を明らかにする。最後に個体ー社会の階層に対してはゲーム理論による搾取構造の形成、さらには階層的進化による婚姻構造の形成のシミュレーションを進める。 (3)進化発生対応の理論: 発生過程を模した力学系モデルにより発生過程と進化過程の対応関係の研究を続け、入江班が見出している、発生砂時計仮説の生じる条件を求め、遅く変化する遺伝子発現の意義を求める。またエピジェネティック過程を考慮した発生、進化モデルの研究を推進する。藤本グループでは、器官数と配置の対称性に関する進化発生対応の研究を進める。植物では花器官の数と左右対称な配置について、各系統の多様性を生み出す発生の特性を明らかにする。動物では、ライブ観察系を用い、クラゲの器官配置に現れる揺らぎを定量的に解析し、制約の有無を明らかにし、一方で左右対称な器官配置を示すイソギンチャクの計測系を立ち上げる。同時に、花器官配置の数理モデルを改良し、動物の器官配置モデルの構築も始める。さらに、各グループとの共同研究を継続し、進化発生対応の研究を細胞から器官配置に至る様々なレベルで進める。
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