計画研究
これまでに我々は、ほ乳類性決定遺伝子SryのH3K9メチル化修飾の除去酵素(H3K9メチル化”eraser”)がJmjCドメイン含有タンパク質Jmjd1aであることを明らかにしていた(Kuroki et al., Science 2013)。マウスでJmjd1a欠損させるとSryの発現が大幅に低下し、XY個体のうちの約半数が性転換してメスになる。Jmjd1aを欠損させるとSry遺伝子座のH3K9メチル化が亢進することから、Jmjd1aに拮抗して作用するH3K9メチル化酵素(H3K9メチル化”writer”)が存在することが考えられた。これらの知見のもと、平成29年度はSryのH3K9メチル化writerの同定を試みた。まず、H3K9のジメチル化に寄与する酵素であるGLP/G9a複合体が性決定の時期(受精後12日)のマウス胎仔生殖線の体細胞で発現していることを明らかにした。GLP/G9a複合体のうち、GLPはその量的制御に関わっている。よってGLPのヘテロ欠損をJmjd1a欠損の遺伝子背景下に導入し、Jmjd1a欠損による性転換のレスキュー実験を試みた。GLPのヘテロ欠損では予想通りGLP/G9a複合体のタンパク質量が低下していた。GLPヘテロ欠損の導入効果は以下の通りであった。1.GLP変異によってJmjd1a欠損によるSryの発現低下がレスキューされた。2.GLP変異によってJmjd1a欠損によるH3K9メチル化の亢進がレスキューされた。3.GLP変異によってJmjda欠損による成体マウスの性転換がレスキューされた。また、主にH3K9のトリメチル化に関わっている酵素であるEsetの変異マウスも作製した。Esetのへテロ変異をJmjd1a欠損の遺伝子背景に導入しても、その性転換の表現型をレスキューしなかった。以上の事実はSryのH3K9メチル化writerがGLP/G9a複合体であることを示すものであった。これらの実験結果をまとめ、Kuroki et al., PLoS Genetics 2017で報告した。
2: おおむね順調に進展している
平成29年度の研究計画には、Sryエピゲノムによる胎仔期生殖腺の性スペクトラム定位のメカニズムを明らかにすること、すなわちSry遺伝子座におけるH3K9メチル化 “eraser”に拮抗して働くH3K9メチル化”writer”を明らかにすることが大きな目標の一つであった。生殖線体細胞で発現が認められたH3K9メチル化酵素はSuv39h1、Suv39h2、GLP/G9a複合体、Esetなどがあり、これらがSryのH3K9メチル化writerの候補であった。酵素反応の生成物特異性、発現する細胞のプロファイル、核内局在パターンなどの観点から、これらの酵素のうちGLP/G9a複合体をSryのH3K9メチル化writerの第一候補と考えた。研究の結果、GLP/G9aは確かに性決定時期の生殖線体細胞のSryに集積し、Jmjd1aによるH3K9脱メチル化に拮抗して作用することを明らかにした。これらの成果を平成29年度内に論文にまとめることができたことは大きな進捗だったといえる(Kuroki et al., PLoS Genetics)。一方で、Jmjd1aの類似分子であるJmjd1b胎仔期の生殖線体細胞で発現していることも明らかにした。この事実は、Jmjd1aのみならずJmjd1bもSryのH3K9メチル化eraserとして機能している可能を示唆した。この点については30年度以降に詳細に解析を進める予定である。
研究計画その2)「栄養・代謝変動によるSryのエピゲノム制御機構について」の研究を中心に進める。これまでの研究により、受精後12日の胎児期生殖線の体細胞では代謝関連遺伝子の発現が高いことが分っている。すなわち、解糖系ではHK1、Ldha、Ldhb、脂質代謝ではCpt1a、Hmgcs2、TCAサイクルではIdh1などである。これらの酵素の活性の変動はアセチルCoAや2-KGの産生の変動に大きく影響すると考えられる。アセチルCoAはヒストンアセチル化酵素、2-KGはDNAのハイドロキシメチル化酵素やヒストンの脱メチル化酵素に必須の因子であるため、これらの代謝酵素がエピジェネティックにSry遺伝子の制御に関わっている可能性を追求する。CRISPR/Cas9によるゲノム編集でこれらの酵素の欠損マウスを作製し、性分化への影響を観察する。
すべて 2017 その他
すべて 雑誌論文 (4件) (うち査読あり 4件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (6件) (うち招待講演 6件) 図書 (1件) 備考 (2件) 学会・シンポジウム開催 (1件)
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