計画研究
環境影響による性のスペクトラム位置移動を調べるために、栄養状態を変化させメダカの代謝物をLC-FTMS と CE-MS/MSによるメタボローム解析を行った。その結果、パンテトン酸が複数の方法よっても有意に変動していること、その異化酵素を阻害すると性転換が引き起こされることが確認された。この代謝経路の主要な産物は CoA である。そこで CoA が関与する代謝経路を調べたところ、一群の代謝物がオス化遺伝子の発現制御に関与するとの知見が得られつつある。実際、その代謝経路を薬理的に阻害しても性転換が認められ、関与する酵素の変異体を作製すると、オス化遺伝子の発現上昇が認められた。一方、生殖細胞の性スペクトラムの位置移動に関与する因子の同定にも成功した。ChIP解析、トランスクリプトームの発現解析(DEG)、変異体によるエピスタティック解析から、生殖細胞の性のスイッチ遺伝子の下流には2つの因子 REC8 と FBXO47 が制御されていることが今回初めて明らかとなった。この2つ因子はまったく予期されていなかった因子である。特にREC8の減数分裂での研究は盛んに行われているが、今回の結果は減数分裂にも性差があることを示唆する結果となっている。またこの2つの因子の遺伝子発現解析から、生殖細胞の性が確立する時期が明らかになりつつある。言い換えると生殖幹細胞という性的に未分化な細胞で性のスイッチが入ってから性が確立するまでには、スペクトラム上に性の位置が移動しうる時期がある程度長く存在することを意味していた。このことは卵になるか精子になるかという配偶子形成の初期過程の見地からも非常に興味深い結果となった。
2: おおむね順調に進展している
環境影響による性のスペクトラム位置移動を生じさせる物質が絞られつつある。特に代謝変動によって性のスペクトラム位置移動させる分子機構は全く分かっていない。昨年度までの結果で、関与する物質(代謝物)や代謝経路、そこを制御する遺伝子群が絞られつつあり、この未解明の分子機構が明らかにできる道筋がつきつつあると言える。また、生殖細胞の性決定遺伝子の下流では2つの因子が制御されていることが明らかとなった。このことは生殖細胞の性のスペクトラム上の移動に関与する実行部隊が明らかになったことを意味する。以上の2つの結果は、いずれも全く新しい、性スペクトラムの位置移動の分子機構解明に迫れる具体的方法を示したことになり、研究としては十分に進展していると考える。
代謝変動によって性転換が引き起こされることが明らかになりつつあるが、これに関与する一群の代謝物は非水溶性の可能性が高く、非水溶性代謝物の解析はメタボローム分野でもチャレンジングな領域の一つである。そこで非水溶性メタボローム専門家を新たに分担者に迎え、サンプル量と代謝物の検出感度など基本的な条件を検討しつつ、薬理学的実験や候補代謝物の投与実験も併用し、栄養状態を変化させたメダカで有意に変動する代謝物の絞り込みをおこなう。また性分化時期の単離生殖腺によるメタボローム解析と、飢餓条件での遺伝子発現プロファイルを利用することで、オス化遺伝子を制御する因子の同定も試みる。この2つの因子の作用機序を、変異体解析をより詳細に行うことで明らかにする。またこの因子はクロマチン制御を行っている可能性があるため、small RNA 産生に関わる遺伝子の変異体の表現型解析を進めるとともに、クロマチン修飾における関係性の解析も試みる。
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