研究領域 | 光合成分子機構の学理解明と時空間制御による革新的光ー物質変換系の創製 |
研究課題/領域番号 |
17H06435
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
野口 巧 名古屋大学, 理学研究科, 教授 (60241246)
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研究分担者 |
杉浦 美羽 愛媛大学, プロテオサイエンスセンター, 准教授 (80312255)
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研究期間 (年度) |
2017-06-30 – 2022-03-31
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キーワード | 生物物理 / 光合成 / 赤外分光 / 水分解 / 電子移動 |
研究実績の概要 |
1.光合成水分解機構の解明:光誘起フーリエ変換赤外(FTIR)差分光法で得られた中間状態遷移の際のスペクトルを、量子化学計算を用いてシミュ―レートすることにより、最も酸化状態の低いS0状態のMn4CaO5クラスターおよび水配位子のプロトン化構造を明らかにした。また、高速原子間力顕微鏡を用いて、光化学系Ⅱタンパク質のルーメン側の動的構造変化を観測し、表在性タンパク質の解離およびCP43タンパク質のルーメンドメインの構造ゆらぎを直接的に捉えることに成功した。このCP43タンパク質の構造ゆらぎが、Mn4CaO5クラスターの構築過程に重要な役割を果たしていることを示した。 2.キノン電子受容体の反応制御:光化学系Ⅱの鉄-キノン電子受容体において、非ヘム鉄と第二キノン受容体QBを架橋するHis残基のプロトン化構造を、光誘起FTIR差分光法を用いて調べた。その結果、このHisがpKa5.5で脱プロトン化することを明らかにし、QBのプロトン化反応におけるプロトン供与体として働くことを示した。 3.反応中心クロロフィルの構造と反応:4分子の反応中心クロロフィルの軸配位子を置換した好熱性シアノバクテリアの変異体を用いて、電荷分離直前に励起するクロロフィル分子を特定し、電荷分離速度を測定した。電荷分離後に正電荷は4つのクロロフィル上を移動し、経時的に広がることを見出した。これらの反応は軸配位子およびその周辺の構造によって制御されており、特にChlD1の配位子はChlD1のエネルギーレベルの保持に重要であること、ChlD1とChlD2の配位子の水素結合の有無が正電荷分布制御に重要であることが示唆された。 4.ハイブリット人工光合成系の構築:高効率な人工光合成系の構築を目指し、光化学系Iと光化学系Ⅱを金ナノ粒子に結合させたハイブリッド型人工光合成ナノデバイスを作成した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
A01班が作成した光化学系Ⅱ微結晶のFTIR解析を、全反射FTIR法によって微結晶の集合体として行うだけでなく、顕微FTIR分光を用いて単一の微結晶についても行うことに成功し、単一結晶内部の水分解反応の詳細を調べることができたことは大きな成果である。水分解反応におけるプロトン共役電子移動機構やプロトン放出経路の研究も順調に進んでいる。アミノ酸配位子の光変換や高速原子間力顕微鏡によるタンパク質ドメインの構造ゆらぎの観測など、予想外の結果も得られている。また、電子受容体側については、QAがMnクラスターの有無によって制御されるというこれまでの定説を覆す結果を得ることができ、さらにQBにおけるpHに依存する電子移動制御やプロトン移動機構を明らかにした。こうした光化学系Ⅱの電子伝達系に存在する電子移動制御機構を明らかにしたことは、非常に重要である。さらに初発電荷分離を起こす反応中心クロロフィルおよび副次的電子移動経路を形成するCytb559についても、これまでに多くの重要な結果が得られている。
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今後の研究の推進方策 |
1.光合成水分解機構の解明:(1)Mn4CaO5クラスターの構築機構を調べるため、時間分解フーリエ変換赤外(FTIR)法を用いて、光照射によるMn2+の酸化とその後の反応過程を追跡する。また、Mnのアミノ酸配位子の変異体を用いて、最初のMn2+の結合位置および光酸化後の中間体におけるMnおよびCaの結合位置を明らかにする。(2)Mnのカルボキシル配位子変異体(D1-D170H)のアミノ酸変換の分子機構を明らかにするため、同位体置換Hisの取り込んだ試料によるアミノ酸変換反応の追跡、他の配位子の変異体による光変換の可能性、Mnのアミノ酸変換への関与などについて調べる。 2.PSIIの鉄-キノン電子受容体の反応機構:(1)FTIR分光電気化学測定により、非ヘム鉄の酸化還元電位のpH依存性の原因を明らかにする。(2)QBの近傍に存在するHis残基を改変し、QBのプロトン・電子移動反応への効果を調べることにより、pHに依存する鉄-キノン電子受容体の反応制御の機構を明らかにする。 3.反応中心クロロフィルの反応、光保護機構:(1)反応中心クロロフィルの近傍アミノ酸を改変した光化学系Ⅱ試料を用いて、クロロフィルの励起三重項状態のフーリエ変換赤外スペクトルを測定、比較することにより、励起三重項平衡にあるクロロフィルを同定し、光化学系Ⅱの光保護機構を明らかにする。(2)ChlD1とChlD2の両方の組換え体を作成し、電荷分離と正電荷移動の反応・制御機構を明らかにする。さらに、電荷分離後のフェオフィチン分子への電子移動速度とクロロフィル軸配位子の構造との関係を調べ、電荷分離機構を明らかにする。また、これまでに作製した組換え体を解析し、副次的電子伝達反応で酸化されるChlZのクロロフィル分子を同定し、副次的電子移動経路を明らかにする。
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