計画研究
近年、超高速ゲノム配列決定技術が飛躍的に進歩したことによって、長寿命樹木においてゲノム体細胞間変異の蓄積パターンを定量的に分析することが可能となりました。これまで、ヨーロッパブナ、ユーカリ、ポプラ、トウヒなど多様な樹種を対象に体細胞突然変異率が報告されてきましたが、いずれの値も極めて低いことから、樹木はDNA修復能を高め突然変異率自体を低く維持しているとの結論が導きだされつつあります。しかし、これまで活用された一塩基多型の検出方法は、厳しいフィルタリングのもと正確性の高いものだけを抽出していることから、偽陰性が高く突然変異率が過小評価される問題があると考えられていました。また枝の成長量の情報が取得されていないため、成長量・あるいは年あたりの突然変異率の正確な推定が難しい点も問題でした。私達は、一塩基多型の検出条件を組み合わせ偽陰性と偽陽性の両方を最小化する方法を開発することで、これらの問題の解決に挑戦しました。赤道直下に生息する樹齢400年を超える熱帯産樹木Shorea laevisから高品質ゲノムを作成し、1600年代に生じた芽生えから400年かけて蓄積した体細胞変異の検出によって、次世代集団が受ける自然選択や遺伝的浮動の前に生じた突然変異の速度を正確に推定することに成功しました。成長とともに体細胞突然変異数が線形に増加することを野外で初めて示し、この線形増加の関係をもとに新生突然変異率/塩基/年を推定し、これまでの長寿命樹木で推定された中で最も高い突然変異率を得ました。突然変異スペクトルを詳細に分析すると、紫外線に対するDNA損傷によって引き起こされる変異(C:G→T:Aへの変異)が最も多く53.1%を占めることが示されました。これらの暫定的な結果をより詳細に分析するために、複数個体と他種へ本方法を適用し、同樣の結果が得られるかについて検証を進めています。
1: 当初の計画以上に進展している
●野外で生じる体細胞突然変異の高精度な検出に成功した。●成長とともに体細胞突然変異数が線形に増加することを野外で初めて示し、この線形増加の関係をもとに熱帯環境で生じる新生突然変異率を初めて推定できた。
一般に動物では、生殖細胞と体細胞は発生の初期に分離されるため、体細胞に生じた変異は次世代へ受け継がれず、個体の死とともに集団から消失します。これに対して植物では、体細胞の中でも多能性を永続的に維持する幹細胞に生じた変異は、花粉や胚珠を形作り次世代へ受け継がれます。そのため私達は、体細胞で生じる突然変異は、森林生態系におけるゲノム多様性の創出に寄与する重要なプロセスであると考えています。今後は、本研究を発展させ、集団レベルのゲノム多様性の創出機構の解明に取り組みたいと考えています。また、DNA修復遺伝子のコピー数変化や発現プロファイルの種間比較に関する研究も進めることで、突然変異率の種間・環境間の違いが生まれる機構の解明を目指します。
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すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 1件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (14件) (うち国際学会 2件、 招待講演 2件)
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