研究領域 | 量子クラスターで読み解く物質の階層構造 |
研究課題/領域番号 |
18H05406
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
堀越 宗一 大阪市立大学, 南部陽一郎物理学研究所, 特任准教授 (00581787)
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研究分担者 |
大橋 洋士 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 教授 (60272134)
飯田 圭 高知大学, 教育研究部自然科学系理工学部門, 教授 (90432814)
田島 裕之 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 助教 (80804278)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2023-03-31
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キーワード | 冷却原子実験 / 量子シミュレーション / 凝縮系物理学理論 / 原子核理論 / フェルミ粒子系 / BSC-BECクロスオーバー / 超流動 / 量子クラスター |
研究実績の概要 |
代表が進めている実験研究では、極低温リチウム原子を用いた量子シミュレータが完成し、BCS-BECクロスオーバー領域における量子クラスター研究の実験基盤が整った。開発した量子シミュレータで量子クラスター形成やフェルミ超流動状態を確認し、さらに①高い空間分解能を有しトラップ中のフェルミ粒子の密度分布から状態方程式を高精度に決定可能、②全ての実験パラメータが高精度に制御されており高い再現性で実験可能、③機械学習を導入した制御系により目的の量子シミュレーションに応じて最適な実験パラメータを自動調整、④フェルミ粒子のスピン状態の任意制御と各スピン状態の独立観測、⑤量子クラスターの重心運動量分布が測定可能であり、本研究で目的にしている量子クラスターから成る量子相、クラスター間相互作用、粘性等を幅広い相互作用・温度・フェルミ面のズレ等のパラメータ領域で測定するための実験条件を満足した。 分担が進めている理論研究では、①BCS-BECクロスオーバーを強結合側から弱結合側に変化させた際、分子ボソンの結合エネルギーの減少を反映し、分子間に多体相互作用が発生することを指摘、特に、3体相互作用が等温圧縮率の振る舞いに大きく影響することを、自己無撞着T行列理論を用いた研究で明らかにした。また、ボース-フェルミ混合原子気体について分子フェルミ気体とみなせる領域を相図中で特定した。②クオーク・ハドロン層や中性子星の核物質においては、スピン1/2フェルミ粒子系におけるスピンシングレットの対形成以外の量子クラスター形成も極めて重要である。冷却原子実験からそのような量子クラスターを実現するため、クーパートリプルの性質、1次元p波ユニタリーフェルミガスの性質を調べるとともに、スピン自由度を含む量子開放系の定式化、ブラックホール衝突におけるHawking輻射と重力波発生過程の理論研究を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
代表が進める実験研究では極低温リチウム原子気体を用いた量子シミュレーションの開発を進めている。2020年度までにリチウム原子気体のレーザー冷却にまで至った。2021年度はこの冷却原子を光トラップへ移行する圧縮磁気光学トラップ(CMOT)の最適化を行い、同時にCMOTの多変数の実験パラメータを最適化するため機械学習を導入した制御システムを開発した。結果として光トラップにロードされる原子数が手動の最適化に比べ1.5倍増加した。光トラップにロードされたリチウム原子はスピン状態と粒子間の相互作用を調整され、蒸発冷却により超流動状態まで冷却される。実験の再現性や自由度を向上させるため、スピン制御用のラジオ波領域の振動磁場制御システム、相互作用制御用のフェッシュバッハ磁場制御システム、蒸発冷却制御用の光トラップレーザー強度安定化システムを確立した。以上のシステムを構築することにより、スピン1/2フェルミ粒子系のBCS-BECクロスオーバー領域の様々な相互作用・温度・スピンを実現し、様々な実験条件で超流動状態を確認した。 分担が進める理論研究では原子階層から分子階層へと系が変化する際の物性変化や、冷却原子を用いた量子シミュレータを他の粒子階層へ応用する研究を進めている。2020年度までの研究で、ずり粘性率が原子階層から分子階層へと系が変化していく様子を記述するのに優れた物理量であることを指摘してきた。2021年度は、新たに等温圧縮率も分子階層から原子階層へと系が変化していく様子を研究するうえで有用であることを明らかにした。また3体引力で相互作用するフェルミ粒子系において発現が期待されるクーパートリプルの性質、冷たい低密度中性子物質中のα粒子の性質変化がもたらすα粒子の少数系への影響、ポーラロン間の相互作用を抽出するための実験提案といった新奇性に富む研究も進めた。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度は代表の量子シミュレーションを用いた実験研究と分担の理論研究、また理論班(D01班)と連携し、本研究課題である「物質の階層変化および状態変化に伴う普遍的物理」を遂行する。具体的に、①フェルミ粒子系の高温領域の状態方程式のパラメータであるビリアル係数の測定を行う。これより量子クラスターの束縛エネルギー、量子クラスターと粒子の相互作用、量子クラスター間の相互作用が与える状態方程式への効果について明らかにする。②BCS-BECクロスオーバー領域で等温圧縮率の測定を行う。等温圧縮率は分担の理論研究により、分子階層から原子階層に移り変わる過程、また熱的な状態から超流動状態に変化する過程を調べるのに良い物理量であることが明らかにされている。特に圧縮率は2つの量子クラスター間の相互作用のみならず、3つの量子クラスターが同時に相互作用する際の影響も受けるため、核物質等で議論されている3体力を異なる粒子階層でアプローチすることができる。これらの結果をもとにハドロン層等への応用を進める。③BCS-BECクロスオーバー領域でズリ粘性の測定を行う。ズリ粘性は流体的な動的振る舞いを与える係数であり、この係数は流体を実現している粒子の平均自由行程に依存している。平均自由行程は粒子が量子クラスターを形成することで変化するため、冷却原子系のみならずクオーク・グルーオン(QGP)-ハドロン層においても注目されている物理量である。既に分担の理論研究によりBCS-BECクロスオーバー領域のズリ粘性率の計算は済んでおり、今年度は実験値との比較、またQGP相図の理解に適用し、冷却原子ガスの階層と高エネルギー物理学の階層とを関連づける新たなルートの開拓を目指す。④媒質中の量子クラスター形成を理解するため、スピンインバランス系でポーラロンの実験を進め、理論との比較を進める。
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