研究領域 | 発動分子科学:エネルギー変換が拓く自律的機能の設計 |
研究課題/領域番号 |
18H05427
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
前多 裕介 九州大学, 理学研究院, 准教授 (30557210)
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研究分担者 |
鳥谷部 祥一 東北大学, 工学研究科, 准教授 (40453675)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2023-03-31
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キーワード | アクティブマター / エネルギー変換 / 非平衡ゆらぎ / 回転分子モーター / べん毛モーター / アクトミオシン / 集団運動 / 人工細胞 |
研究実績の概要 |
前多Gでは,生体発動分子によって駆動されるアクティブマターの集団運動の研究を進めた.ミオシン分子モーターとアクチン細胞骨格タンパク質を含む卵抽出液を細胞サイズの区画に封入し,自律的に収縮するアクトミオシンゲルを含む人工細胞系を構築した.この人工細胞が自発的に内部構造の対称性を破ることを明らかにし,論文発表を行った(Nat. Commun.2020).また,人工細胞は内部のアクトミオシンの収縮から細胞膜近傍でずり応力が発生し,化学シグナルの伝達を要することなく自発的な運動を実現することを明らかにした.さらに,キネシン分子モーターと微小管細胞骨格の集団運動を制御する手法を整え,集団運動のパターン制御を実現すると共に理論的解析からパターン遷移の転移点を決定することに成功した.
鳥谷部Gでは,回転分子モーターF1-ATPaseおよびべん毛モーターのエネルギー変換機構について,1分子実験および統計力学的解析を用いて研究を進めた. 特に,F1-ATPaseの高効率なエネルギー変換機構の解明を目指し,分子内でのエネルギー・エントロピーの流れを計測する方法を模索した.モデルに基づいた数値計算により,固定子で発生したエントロピーを回転軸がくみ出して高効率な動作を実現していることが示唆された.さらに,回転自由度,固定子形状,化学状態の3自由度を用いたモデルを構築し,より詳細な解析を進めている.また,変異体のエネルギー収支を測定し野生型と比較を進めた.特に,詳細を調べるため分子動力学計算を用いた計算を導入した.これに加え,F1-ATPaseのブレーキ機構(インヒビション状態)のメカニズムを解明し,論文を投稿した(Nakayama and Toyabe, 査読中).さらに,バクテリアべん毛モーターの固定子組み込み過程の原理の一端を解明した(Ito, Nakamura, Toyabe, 査読中).
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
前多Gでは,生体発動分子が集まったときに現れるマクロな集団運動とその秩序形成について,(1)ミオシン分子モーターとアクチン細胞骨格および(2)キネシン分子モーターと微小管細胞骨格の2つの系を用いて研究を進めた.第一に,ミオシン分子モーターとアクチン細胞骨格タンパク質を含む卵抽出液を細胞サイズの区画に封入し,自律的に収縮するアクトミオシンゲルを含む人工細胞系を構築した.これまでに,人工細胞の内部構造の対称性が自発的に破れる仕組みを解明し,自発的運動が誘起される力伝達のメカニズムも明らかにしている.また,人工細胞の変形がアクティブゲルの新規の不安定性に誘起されるという知見を得た.さらに,キネシン分子モーターと微小管細胞骨格では、境界の幾何形状を設計した微小デバイスで集団運動を制御することに成功し,既に明らかにした遊泳バクテリアの幾何的手法が同様に有効であることを示した.
鳥谷部Gでは,生体分子モーターの高効率なエネルギー変換機構を明らかにすることを目指しており,モデル実験系として,回転分子モーターであるF1-ATPaseおよびべん毛モーターを用いている.今年度,F1-ATPaseの無駄なATP消費を抑えるインヒビション機構の動作メカニズムに関する論文を投稿した.また,F1-ATPaseの高効率なエネルギー変換機構のメカニズムを理解するため,非平衡統計物理学に基づいた計算を行い,固定子で発生したエントロピーを回転軸が汲みだしていることが示唆された.現在,より詳細なモデルを構築し,研究を進めている.さらに,吉留崇氏の協力を得て,分子動力学計算に基づいた計算を進めている.また,べん毛モーターが効率的なエネルギー戦略を実現するために利用しているトルク制御のメカニズムを調べた.新しい実験系を構築し,トルク制御メカニズムが固定子の協働性によって実現していることを明らかにし,論文を投稿した.
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今後の研究の推進方策 |
前多Gでは引き続き,(1)ミオシン分子モーターとアクチン細胞骨格および(2)キネシン分子モーターと微小管細胞骨格の集団運動ダイナミクスについて研究を進める.アクトミオシンの自律的収縮で変形する人工細胞について,変形可能な膜界面と接するアクティブゲルの安定性解析を行い,変形の作動原理を明らかにする.特に、アクティブゲルと膜との相互作用を実験的な制御を検討し,1つの発動分子群から極性形成・自発運動・多様な変形が実現する統一モデルを構築する.さらに,キネシン分子モーターと微小管の集団運動のようなアクティブマター集団も発動分子の理解と制御に重要である.注目すべきは微小管のキラリティーによって集団運動の幾何的特徴が変化する点にある.既に遊泳バクテリアをモデルにした幾何的制御法を開発しており,発動分子の種別によらない集団運動の制御基盤の構築を推し進める.
鳥谷部Gでは,2020年度に引き続き,F1-ATPase内部で,ATP分解から回転運動へどのようにエネルギーが流れるのかを,実験,モデル計算,分子動力学計算を組み合わせて明らかにしていく.現在,回転角度,化学状態,固定子形状の3自由度に基づいたモデルを構築中である.これらの自由度間の相関を解析し,確率的熱力学および情報熱力学の理論を応用することで,各自由度の間のエネルギーと情報のやりとりを時間の関数として定量化することを目指す.また,F1-ATPaseは細胞内では別のFoモーターによって回されているが,Foがどのように回しているのかは分かっていない.そこで,F1-ATPaseをどのように回すのが最も効率的なのかを実験で調べる.特に,共同研究を進めているカナダのグループが発展させた理論を応用する.さらに,これまで用いてきたサブミクロンサイズのプローブのかわりに100nm程度の金ナノロッドを用いた,高精度エネルギー量測定の実現を目指す.
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