研究領域 | 宇宙観測検出器と量子ビームの出会い。新たな応用への架け橋。 |
研究課題/領域番号 |
18H05458
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
東 俊行 国立研究開発法人理化学研究所, 開拓研究本部, 主任研究員 (70212529)
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研究分担者 |
一戸 悠人 立教大学, 理学部, 助教 (30792519)
山田 真也 首都大学東京, 理学研究科, 助教 (40612073)
渡辺 伸 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構, 宇宙科学研究所, 助教 (60446599)
岡田 信二 国立研究開発法人理化学研究所, 開拓研究本部, 協力研究員 (70391901)
馬場 彩 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 准教授 (70392082)
井上 芳幸 国立研究開発法人理化学研究所, 数理創造プログラム, 上級研究員 (70733989)
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研究期間 (年度) |
2018-06-29 – 2023-03-31
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キーワード | 量子ビーム / 負ミュオン / 超伝導X線検出器 / 量子電磁力学 |
研究実績の概要 |
本計画研究の第一の目標は、真空中に孤立したミュオン原子から放出されるミュオン特性X線を超伝導カロリメータを導入して精密分光し、ミュオン原子のエネルギー準位に現れる量子電磁力学(QED)効果を実験的に初めて明らかにすることである。 J-PARC 2019年4月のビームタイムにおいて、低エネルギー(20MeV/c)の負ミュオンを希薄希ガス中に停止させることによって孤立ミュオン原子を生成し、現有のTES型超伝導カロリメータを導入して予備実験を行った。さらに2020年1月に5日間にわたり本実験を実施した。ここでは、エネルギー校正用のX線発生装置を導入し、様々な金属から得られる特性X線をミュオン特性X線測定時に同時観測することによって、実験データ取得中の検出器出力ドリフトをオンライン測定した。その結果、測定対象とするμNeからの5g→4f 遷移に伴うミュオン特性X線の絶対エネルギーを、検出器分解能(半値幅) 6 eV以下の高性能下で、6298.8 eV (統計誤差0.04 eV、系統誤差 0.3 eV以下)という精度で決定した。現在も、最終解析結果を評価しているものの、絶対エネルギー決定精度として⊿E/E= 4x10-5, 2-5 eVのQED成分を⊿E/Eとして10%程度で検証することに初めて成功したことを意味する。本測定と並んで精力的に進めた理論研究者側の計算結果と比較すると、誤差(1σ)内で今回の実験と理論が一致した。 今後の実験に導入を予定している数10 keVさらに100 keVまでの高エネルギーX線に対応する多素子カロリメータの開発も我々のグループの研究者が米国NISTに滞在して開発に専念することによって、共同研究が着実に進展した。高エネルギーX線を対象とする検出器に有利である冷凍能力の高い断熱消磁冷凍機の動作テストを終え、新方式のマイクロ波読出回路への対応も開始している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
2019年度に、J-PARC 中間子科学施設D2ラインにおいて、10 keVまでのエネルギー範囲に対応する超伝導カロリメータを実際に導入して精密分光実験を実施し、実験手法を確立することを予定していた。今回実験で得られた原子番号の比較的大きなミュオン原子にたいするミュオン特性X線エネルギー決定精度は、過去の半導体検出器を用いて得られていた精度を遥かに凌駕するため、初めて強電場下のQED検証を可能とした。このような仕事は過去には皆無であり本測定の成功の意義は大きい。 加えて、非破壊元素分析の予備実験として29Cuと26Feの固体薄膜標的を試みたところ、電子軌道のK殻に空孔が生成されることに伴う電子特性X線スペクトルとして、原子番号の一つ小さい28Ni KαX線と25Mn KαX線に相当するエネルギー位置から高エネルギー側に約150 eVにわたって幅広のスペクトルを初めて観測した。これは、電子準位にとっては遥か内側の軌道に位置する負ミュオンによる原子核電荷の遮蔽効果に加えて、電子軌道のL殻に複数の空孔が存在することに起因することが判明した。以上の結果は、ミュオン原子における電子特性K-X線の分布測定も、固体標的に対して数keVのX線脱出深さ以内にミュオンを停めることのできる低速負ミュオンビームと、高分解能超伝導カロリメータの威力が十二分に発揮された結果である。関連する脱励起ダイナミクスは、まさに原子物理と原子核物理の境界分野であり、孤立原子と対照的にに多価イオンが固体中に入射したときの電子移動ダイナミクスと密接に関連しており、様々な分野を巻き込む大きな成果といえる。 よって、進捗状況としては当初の計画以上に進展したと判断した。
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今後の研究の推進方策 |
確立したTES型超伝導カロリメータ実験を、更に高エネルギー対応のカロリメータを開発・導入することによって広いX線エネルギー範囲をカバーする以下のような展開を計画している。さらに理論的な解析を推進する。 (1) 孤立ミュオン原子からのミュオン特性X線の精密分光:ミュオン特性X線分光をAr, Kr, Xeと重い希ガス元素に拡張する。ArやKrでは30keV対応のTESカロリメータ、Xeでは100keV対応のTESカロリメータを導入する。その際、KrやXeでは軌道電子がすべて剥がれないため、逆にその遮蔽効果を厳密に評価することも目的である。 (2) ミュオン誘起電子特性X線による固体内ミュオン原子における脱励起ダイナミクスの研究:ミュオン誘起電子特性X線の観測を系統的に様々なZの元素に適用する。これにより固体金属中での多価イオン準位のシフトや周囲からの電子移行反応など、基礎的に興味がありながら全く定量的には抑えられていなかったダイナミクスを明らかにする。
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