研究領域 | 分子高次系機能解明のための分子科学―先端計測法の開拓による素過程的理解 |
研究課題/領域番号 |
19056001
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
藤井 朱鳥 東北大学, 大学院・理学研究科, 准教授 (50218963)
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キーワード | 水 / 水素結合 / クラスター / 赤外分光 / 氷 / 質量分析 / 密度汎関数法 / アミノ酸 |
研究概要 |
溶媒和構造は温度(内部エネルギー)に依存するが、溶媒和クラスターにおける構造の温度依存性は研究例が極めて乏しく、特に大きなクラスターでは皆無に等しい。そこで本研究では「メッセンジャー法」によりプロトン付加水クラスターの内部エネルギーを制限し、通常生成するホットなクラスターとの違いを調べた。メッセンジャー法では目的のクラスターにメッセンジャーと呼ばれる希ガスや非反応性の二原子分子を付着させ、クラスターの内部エネルギーがメッセンジャーとの弱い結合エネルギー以下のものだけを選択する(メッセンジャーとの結合エネルギーよりも内部エネルギーの大きなものは観測前に解離してしまう)。まずH^+(H_2O)_8にArまたはNeを付着させて、その構造を赤外分光で調べた。ホットなクラスターではイオンコアの構造がEigen型(H_3O^+)のものとZundel型(H_5O_2^+)のものが共存して生成するが、Ar付加により、より低エネルギーのZundel型のみが選択的に生じた。しかしより結合エネルギーが低いNe付着では、Eigen型とZundel型が再び共存し、メッセンジャー法が単純な温度低下にはならないことが分かった。更に大きなクラスターへのメッセンジャー法の適用として、H^+(H_2O)_<22>に(H_2)_3メッセンジャーを付着させ、赤外分光を行った。H-+(H_2O)_<21>は閉じた多面体籠状構造を作り、特異な安定性から魔法数クラスターとして知られている。それに対してH^+(H_2O)_<22>は、閉じた21量体の籠の外側に水1分子が付着すると考えられている。この1配位の水分子が不安定であるため、熱力学的にとくに不安定となり、反魔法数クラスターと呼ばれる。しかし、構造については分子動力学計算による予測があるのみであり、実験的な証拠が存在しなかった。水素メッセンジャーの付加により籠外側に付着した水分子の熱運動が抑制され、1配位の水分子に特徴的な反対称OH伸縮振動バンドが観測された。反魔法数クラスターの構造が初めて実験的に立証され、またメッセンジャー法が20量体を超えるような大きなクラスターにまで適用可能であることが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の計画は2段階になっており、まず(プロトン付加)水クラスターの赤外スペクトルをリファレンスとして観測・解析し、ついでアミノ酸分子の水和クラスターのスペクトルを水のそれと比較をして、アミノ酸の水和による水の水素結合ネットワーク変化を差分として抽出することを企図した。第2段階への展開が遅れているが、これは第1段階の水クラスターの観測・解析が予想以上の進展を見せ、その成功により純粋な水クラスターで研究すべき事項が数多く生じているためであり、第2段階での遅れを補ってあまりあるものと判断している。
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今後の研究の推進方策 |
本年度で特定領域研究は終了するが、今後も継続して研究を進め、アミノ酸分子を含む大サイズ水クラスターの赤外分光を中性・カチオン(プロトン付加体)の両者について行う予定である。リファレンスとなる水のスペクトルは中性・プロトン付加体共に充分大きなサイズまで計測済であり、測定後直ちに比較できる態勢にある。特に大サイズ中性クラスターではサイズ増大と共に双極イオン性状態生成の可能性があり、双極イオン状態生成のサイズ特定に非常に興味が持たれる。分離電荷の生成が周辺水分子の自由OH伸縮振動数に鋭敏に反映されるので、自由OH振動数のシフトとして双極イオン状態の生成を捉えることが期待される。 アミノ酸は不揮発姓であるため、四重極質量分析部の汚染が心配される。そこで、イオンクラスターに関しては、クラスター生成部にイオンベンダーを設け、量の多い中性分子ビームとは分離してイオンビームのみを測定部へ導くよう実験用真空槽の改造を検討している。
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