単一分子分光の観測手法としての長所は、観測対象の系の性質が統計的に揺らいでいて同期が取れないとき、統計平均を取ることなく個々の分子の振舞いを直接観ることができることである。莫大な運動の自由度をもつ生体高分子は、局所的な安定構造を無数に持ち、それらの間を揺らいでいるので単一分子分光の長所が最も活かされる系である。 このような観点から、単一分子分光をタンパク質一般に適用できるような一般的な手法に成長させるために、我々は低温用一体成形反射対物レンズを開発することから出発した。この対物レンズの成功によって、それまで色収差のために測定ができなかった、可視蛍光性のタンパク質が測定できるようになった。具体的には、緑色蛍光タンパク質GFPや、ミドリムシの青色光に対する負の走向性を司る、青色センサーであると同時にセカンドメッセンジャーのcAMPを産生する酵素でもあるPACの研究を行った。PACについては今のところ大量発現系が見つかっていないため、我々の単一タンパク質分光が天然状態のPACの唯一の分光観測である。PACの光センサーとしてのメカニズムは、たとえば視覚におけるレチナールのように、光吸収に伴う分子構造の変化が信号発生の引き金になっているものとは大きく異なる。補因子であるフラビンの発色部位は芳香族で平面的になっておりコンフォーメーション変化の余地がない。実際単一タンパク質分光においても、結合部位の構造が、青色光を吸収しても変化していないことを暗示する結果が得られた。これを契機に今後新しい光センサーの仕組みが解き明かされるきっかけとして重要な位置を占める研究ができた。
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