植物やシアノバクテリアが有する光合成膜(チラコイド膜)の微細構造と光化学特性の関係性を生理的条件下で観察する能力を最大化し、これまで未知のチラコイド膜の特性を解明するのが研究目的である。本年度は特に、窒素固定が細胞分化で生成する際のチラコイド膜変化の経時変化の観測に注力した。一部のシアノバクテリアは窒素栄養源が不足する環境でも安定なN2からアンモニアなどの窒素化合物を作り出すので、最も貧栄養な環壌でも生態系の初期基盤を形成できる。窒素固定酵素、ニトロゲナーゼは酸素によって不活性化されてしまうので酸素発生を行う光化学系IIと共存できない。糸状細胞連結型シアノバクテリアの場合は数個から約20個の細胞のうちの1個の細胞だけを異型細胞として分化させ、その異型細胞でのみ窒素固定を行い、異型細胞では光化学系II(系II)の量と活動を低下させる。しかし、光化学系I(系I)は異型細胞でも残存し、光エネルギーを利用した循環型電子伝達によりチラコイド膜内外のプロトン濃度勾配を作り出し、ATP生産を維持すると言われている。このようにチラコイド膜の変化は劇的なものであるが、その詳細を細胞毎に長時間にわたって調べる試みはこれまで不十分であった。我々は細胞毎の顕微蛍光スペクトルと顕微吸収スペクトルによって異型細胞分化過程の一部始終を観測することを行った。近赤外パルスレーザーによる二光子励起蛍光スペクトルでは系IIと系Iのクロロフィル蛍光、および系IIに励起エネルギー供給するフィコビリン色素の蛍光スペクトルが観測され、特にフィコビリゾームのサブユニシト間で系IIと同期して分解する部分とそれらより遅れて分解される部分の明確な違いを見出した。また系Iの高選択性励起を達成する連続発振近赤外レーザー励起では系Iが純度高く検出され、系Iの量および分布の変化をこれまでにない精度で解明することに成功した。
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