研究領域 | 超地球生命体を解き明かすポストコッホ機能生態学 |
研究課題/領域番号 |
19H05681
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研究機関 | 関西学院大学 |
研究代表者 |
重藤 真介 関西学院大学, 理学部, 教授 (10756696)
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研究分担者 |
劉 宗翰 関西学院大学, 理工学研究科, 助教 (10825475)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2024-03-31
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キーワード | 機械学習 / シングルセルラマンデータ / ゲル充填マイクロウェルアレイ / メタン生成アーキア / 土壌微生物 |
研究実績の概要 |
本研究課題は、地球上の微生物の99%以上を占める未分離・未解明な微生物の種と機能を解析するための革新的な「ポストコッホ微生物分離装置」を開発することを目的とする。そのために、ラマン/自家蛍光スペクトルからなる分光ビッグデータを機械学習などの人工知能技術により解析し、環境中の多様な微生物を網羅的にプロファイリングする技術の確立を目指す。具体的には、(1)ラマンデータの機械学習による微生物種の高精度識別法の開発、(2)ゲル充填マイクロウェルアレイを用いた微生物培養と顕微ラマン分光の融合、(3)波長可変レーザーを光源とした多波長励起顕微ラマン分光装置の開発、(4)ラマン分光による研究例の少ないアーキアや希少放線菌、環境汚染物質分解菌などの微生物を対象とした「ラマンマーカー」の探索、などを柱として研究を進めている。今年度の各項目の研究成果は以下の通りである。 (1)機械学習アルゴリズムの一種であるランダムフォレストを用いた一細胞ラマンスペクトルによる微生物の分類を種だけでなく生理状態(対数増殖期 vs. 定常期)にも拡張し、概ね90%を超える高い精度を達成することができた。 (2)マイクロウェルアレイを用いて、筑波大学のモデル圃場から採取した土壌試料中の微生物の培養および顕微ラマン分光測定を行った。異なるゲルウェルで増殖した十数種類の微生物細胞のラマンスペクトルの取得に初めて成功した。 (3)ナノ秒波長可変レーザーを光源とした顕微ラマン分光装置を構築し、分裂酵母細胞のラマンスペクトルを3つの励起波長532, 561, 594 nmを用いて測定した。また、パルスレーザーの平均パワーと露光時間がスペクトルに及ぼす影響を、シトクロムのバンドを中心に調べた。 (4)メタン生成アーキアが示す未同定のラマンバンドの帰属を継続しただけでなく、原油成分を分解する微生物コンソーシアの一細胞解析に着手した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度はとくに、ゲル充填微生物培養マイクロウェルアレイを用いた研究において特筆すべき進展があった。理想的な輪作体系を長期間・再現性良く維持している我が国唯一の試験圃場で採取した土壌中の微生物の培養とそれに続く顕微ラマン分光測定を実現し、異なるマイクロウェルで増殖した十数種類の微生物細胞のラマンスペクトルを取得することに初めて成功した。ラマンスペクトルの機械学習に基づいた微生物識別法の開発においても一定の成果があった。これまでは主に教師あり学習アルゴリズムであるランダムフォレストを用いた分類を行ってきたが、教師なし学習の一つであるX平均クラスタリングを解析に導入し、有望な予備的成果を得ることができた。さらに、Methanosarcina mazei, Methanopyrus kandleriを初めとするメタン生成アーキア細胞中のコバミドを共鳴ラマン分光を用いて高感度に検出し、その構造に関する新たな知見を獲得した(論文印刷中)。 一方で、多波長励起顕微ラマン分光装置を用いた分子分光データの高次元化においては、ナノ秒レーザーパルス照射が微生物細胞に与える影響をまだ詳細に評価できていないため、「ポストコッホ微生物分離装置」への応用に向けて研究のさらなる加速化が必要と考えられる。 以上のように、本研究課題は部分的に進捗の遅れが見られるものの、全体としては順調に進展しているものと判断できる。
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今後の研究の推進方策 |
ゲル充填マイクロウェルアレイで培養し顕微ラマン分光測定を行ったモデル圃場中の土壌微生物の16S rRNA解析を実施し、ラマンスペクトル情報と微生物種を紐づける。マイクロウェルアレイのゲルから微生物細胞をピックアップし、抽出したDNAをPCRにより増幅した試料を菌叢解析に供する一連のプロトコルを確立する。さらに、様々なタイプのゲル充填マイクロウェルアレイを駆使することで、微生物間の相互作用を分子レベルで解明することを目指す。 他の計画班と協力して、土壌環境中に生息する細菌・アーキアを中心に、シングルセルラマンスペクトルデータをさらに蓄積し、機械学習を用いて識別する微生物種の数を大幅に増やすことを計画している。それに加えて、ランダムフォレスト以外にXGBoostなどのアンサンブル学習アルゴリズムを用いたり、畳み込みニューラルネットワークといった深層学習の手法も利用することで、多数の微生物種に対しても十分な識別精度を達成できるようにする予定である。 メタン生成アーキアだけでなくThermococcus kodakarensisなどの超好熱菌の代謝物の顕微ラマン分光測定を推進し、得られたスペクトルパターンの帰属を行う。昨年度までの研究から、これらのアーキアは多くの場合、既報のラマンスペクトルとはまったく異なる極めて特徴的なスペクトルを示すことが明らかとなっている。今後は、候補化合物のラマンスペクトルの測定や量子化学計算によるシミュレーションを行うことで、それらを同定し機能との関連を明らかにする。
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