研究領域 | 身体-脳の機能不全を克服する潜在的適応力のシステム論的理解 |
研究課題/領域番号 |
19H05725
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
今水 寛 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (30395123)
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研究分担者 |
筒井 健一郎 東北大学, 生命科学研究科, 教授 (90396466)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2024-03-31
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キーワード | 身体認知 / 情動 / 運動主体感 / 運動学習 / ヒト脳活動計測 / サル電気生理 / 意欲の操作 / 高精度経頭蓋脳刺激 |
研究実績の概要 |
従来の神経科学や心理学における運動学習研究では,運動誤差や報酬予測誤差といった,外部からのフィードバック情報が学習にどのように役立てられるかを調べてきた.しかし,近年,学習者の内部状態,すなわち,意欲などの情動や身体認知が,運動学習に影響を与えることが注目されるようになった.本研究項目では,超適応の観点から「身体認知や意欲などの正の情動が,運動学習を促進する」という仮説を検証,そのメカニズムを解明する.今年度の主な成果としては,以下の内容が挙げられる,1) 身体認知の一種である「運動主体感」(自身が運動を引き起こしているという感覚)を非侵襲脳刺激で操作しながら,fMRIで脳活動を計測する実験を行った.その結果,感覚運動情報と運動主体感の関係が変化するとともに,運動主体感に関連する脳領域の脳活動に変化が見られることを確認した.これにより,主体感を操作することで学習を促進する基盤を構築した(今水グループ) 2) 運動の結果が予測できない新規な運動学習において,主体感が形成される過程を心理実験で明らかにした.(今水グループ) 3) サルを用いた神経トレーシングにおいて,内側前頭皮質内の前部帯状皮質膝前部(pregenual anterior cingulate cortex: pgACC)の浅層から扁桃体基底外側核(BLA)に対する投射を新たに見いだした.この回路は,ネガティブな気分を抑制,意欲の生成や維持に関わっている可能性がある(筒井グループ) 4) サルを対象に,バーチャルリアリティ装置を使った心理物理学的実験を展開し,サルを用いて運動主体感の研究を行うための基盤を確立した(筒井とSony CSL 笠原博士らとの共同研究).
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1)高精度経頭蓋交流電流刺激(HD-tACS)を用いて,運動主体感に介入する実験を継続した.脳刺激と同時に計測したfMRI脳活動から,反同期刺激を与えたとき,右下頭頂小葉では活動が低下し,右下前頭回では上昇する傾向が確認できた.また,下頭頂小葉と下前頭回を単独で刺激した場合には,予測誤差と主体感評価の相関に有意な変化は見られず,2つの領域の活動が同時に変化することが重要であると考えられる.2)新奇な学習課題において,主体感の変化を調べた.その結果,結果を予測することが難しい学習初期では,運動とその結果の同期性が主体感に影響を与えるが,学習が進み,結果が予測できるようになると,予測誤差にもとづいて主体感が形成されることを示す結果が得られた.3)これまでに,サルの内側前頭皮質の腹側部の神経活動を抑制すると,うつ病様の症状が誘発され,その中でも特に顕著な症状が,意欲の減退であることを示している.この内側前頭皮質から扁桃体への投射について調べるために,扁桃体に逆行性のウイルストレーサー(AAV-retro)を注入した.その結果,前部帯状皮質膝下部(subgenual anterior cingulate cortex: sgACC)の深層の細胞が,扁桃体の基底外側核(BLA)や基底内側核(BMA)に強い投射を送っていることが確認されたほか,新たに,前部帯状皮質膝前部(pgACC)の浅層から,BLAへの投射が見いだされた.4)サルに到達運動を行わせながら,ディスプレイに映し出される自らの手の動き(視覚フィードバック)に時間的あるいは空間的な変位を加えることを可能とするバーチャル・リアリティ(VR)システムを開発するとともに,この装置を用いて,ボード上に規則的に配置されたイモの小片を拾わせるfood pickingを行わせ,サルの「運動主体感」に関わる心理物理学的検討を行った.
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今後の研究の推進方策 |
運動主体感に関しては,脳刺激による主体感の操作において,主体感に関連する領域の脳活動が変化していること,安静時の脳活動からその変化は領域特異的であること,2領域に同時に介入することが重要であることが解り,主体感操作のメカニズムの理解が進んだ.また,運動結果が予測できないような新規な学習で,運動主体感がどのように形成されるかが明らかになり,超適応における促進方法の設計に重要な示唆が得られた.さらに,サルを用いて運動主体感を研究するための研究基盤を構築することができた.意欲に関しては,その生成や維持に重要な役割を果たしている可能性のある神経回路が,新たに同定された.サルを対象に,バーチャルリアリティ装置を使った心理物理学的実験を実施する基盤が構築されたので,次年度以降は,ヒト・サル共通の課題で,運動主体感と意欲の神経基盤を解明する研究を展開する.
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