研究領域 | 多様かつ堅牢な細胞形質を支える非ゲノム情報複製機構 |
研究課題/領域番号 |
19H05741
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研究機関 | 横浜市立大学 |
研究代表者 |
有田 恭平 横浜市立大学, 生命医科学研究科, 教授 (40549648)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2024-03-31
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キーワード | DNA維持メチル化 / 構造生物学 / Cryo-EM / UHRF1 / DNMT1 / DPPA3 |
研究実績の概要 |
非ゲノム情報であるDNAメチル化やヒストン修飾は細胞形質を決定する。細胞が獲得した非ゲノム情報は個体の生涯を通して維持され、これにより多細胞形質が維持されたまま細胞は正常に増殖する。本研究では、遺伝子発現抑制的な非ゲノム情報であるDNAメチル化とH3K9me3の確立と維持機構に着目し、構造生物学的な研究を行う。 UHRF1によってユビキチン化されたヒストンH3はDNMT1を後期複製領域に呼び込み活性化する。この活性化機構の解明のためDNMT1とユビキチン化H3複合体の構造解析に取り組んだ。その結果、DNMT1の触媒ドメインに活性を制御するポケットが存在することがわかり、そこにDNMT1のN末端領域に存在する活性化ヘリックス中のPhe631/Phe632が入り込むことがDNMT1の活性化に必須であることがわかった。 また、卵子形成や初期胚ではUHRF1は母性因子DPPA3によって核外に移行される。DPPA3の結合はUHRF1のクロマチン結合を阻害する。このDPPA3による阻害機構の解明のためにUHRF1:DPPA3複合体の構造を溶液NMR法で解明した。本研究によりDPPA3がUHRF1の機能を阻害する機構を原子レベルので分解能で解明し、DNAメチル化/脱メチル化の包括的な理解につながった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
DNA維持メチル化の主要な因子であるDNMT1の活性化型の構造をクライオ電子顕微鏡単粒子解析で明らかにした。クライオ電顕を用いることでDNMT1のフレキシブルな領域を含んだ構造解析が可能となり、DNMT1のN末端に存在する新しい活性化モチーフの発見に至った。この知見はDNMT1が制御するDNA維持メチル化の新しいモデルの提唱に至り、DNA維持メチル化の基本原理の理解につながった。また、DNMT1を標的とした新規のDNAメチル化制御薬の開発にもつながる構造基盤を構築した。 卵子や初期胚においてUHRF1は細胞質に局在することが必須である。この機構を担う分子が天然変性タンパク質DPPA3である。DPPA3の構造的な性質を考慮して、UHRF1とDPPA3の複合体を溶液NMRで決定した。天然変性タンパク質DPPA3はヘリックス構造の誘起を伴ってUHRF1のPHD fingerに強く結合する(Kd = 22 nM)ことを明らかにした。DPPA3はこれまで知られているUHRF1 PHD finger結合タンパク質(histone H3やPAF15)とは全く異なる様式で結合することが明らかになった。この成果から、正常な卵子形成や受精、胚発生に関する基礎生物学的な分子メカニズムの知見を得ることができた。
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今後の研究の推進方策 |
DNMT1はユビキチン化H3に加えて、H4K20me3でも活性化することが知られている。DNMT1がこの複数のエピジェネティックな情報を統合して酵素活性化するかを明らかにするためには、エピゲノム修飾を導入したヌクレオソーム上での構造基盤を解明する必要がある。また、プロテオミクスのアプローチによってDNMT1はヌクレオソーム中のacidic patchと呼ばれれる、クロマチン関連因子の多くが結合する部位にも結合することが予見されている (Skrajna NAR 2020)。このことから、DNMT1がヌクレオソーム中のacidic patchで固定化されてヒストン修飾を認識して活性化するメカニズムが考えられる。今後は、より生体内に近い状態、つまるクロマチン上でのDNMT1の活性化機構の解明を目指し、DNAメチル化維持の分子基盤の理解を行う。 DPPA3によるUHRF1の機能阻害の研究は倫理的な制限からマウス個体や卵子、初期胚を用いて行われてきた。しかし、ヒトとマウスのDPPA3のアミノ酸配列の一致度は非常に低く、DPPA3が種を超えて同じ機能を持つかは疑問である。そこで、2022年度の結果に基づいて、ヒトDPPA3とヒトUHRF1の相互作用様式を構造生物学的に明らかにして、マウスとヒトでの複合体形成様式を解明する。また、立体構造情報に基づいて、ヒトDPPA3による機能阻害機構を解明する。
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