研究領域 | 全能性プログラム:デコーディングからデザインへ |
研究課題/領域番号 |
19H05754
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
井上 梓 国立研究開発法人理化学研究所, 生命医科学研究センター, 上級研究員 (60814910)
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研究分担者 |
山口 新平 大阪大学, 医学系研究科, 助教 (80740795)
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研究期間 (年度) |
2019-06-28 – 2024-03-31
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キーワード | エピジェネティクス |
研究実績の概要 |
受精卵は、胚体組織と胚体外組織の両方に分化可能な潜在能力である全能性を有する。この全能性は、内部細胞塊(ICM)と栄養膜細胞(TE)への最初の分化が生じる胚盤胞期までに消失する。全能性の維持と消失には、エピゲノムの可塑性の維持と不可逆的な変化がそれぞれ重要と考えられるが、その分子実体は不明である。 本研究では、受精卵の父母アレルが有する機能の違いに着目して、全能性の理解に向けた研究を進めている。受精卵のエピゲノムの大きな特徴に、父母アレル間のヒストン修飾のゲノムワイドな非対称性がある。この父母アレル間非対称性は着床前発生過程で大きく失われるが、例外もあることがわかってきた。例えば、ポリコーム抑制複合体2 (PRC2)により付与されるH3K27me3修飾は、母性アレル特異的な状態を維持しながら発生し、DNAメチル化非依存的な遺伝子刷り込みを制御する。本研究では、全能性の確立期から消失期にかけての父母アレル特有のヒストン修飾動態の解析とその機能解析を行っている。 本年度、井上は、卵から胎盤に母性伝承されるH3K27me3の確立・維持機構に関して研究を進めた。非典型ポリコーム抑制複合体1 (PRC1)によるヒストンH2Aモノユビキチン化修飾(H2Aub)が母性H3K27me3の確立および維持に重要な役割を果たしていることを見出した。そして、母性H3K27me3の破綻は、着床後の部分胎生致死と胎盤の過形成を引き起こすことを明らかにした。 山口は、全能性に類似した性質を示す2細胞期胚様胚性幹細胞(2CLC)において、リボソームRNAプロセシング関連遺伝子の欠損がESCから2CLCへの移行を促進すること、および、この移行はp53を通じて制御されていることを見出した。また、初期胚発生およびES細胞樹立過程における、父母アレルが有する機能の違いについての解析を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(井上) 受精卵から胎盤へと母性伝承されるH3K27me3の確立に、PRC1とPRC2の協調が見えてきた。さらに、着床前胚においては、H2Aub単独で(H3K27me3を伴わずに)発生関連遺伝子群を抑制することが分かってきた。発生関連遺伝子群におけるH3K27me3は、全能性が消失する胚盤胞期以降にようやく付加されることから、H3K27me3とH2Aubの共役状態の有無と全能性には何らかの関係性があることが示唆される。 (山口) 2CLCというin vitroモデルを利用して、全能性細胞の移行を制御する全く新しい機構を発見しつつある。ストレス応答が異なる多能性の移行に機能している証拠が得られており、その背後にある分子機構にアプローチする準備が整った。
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今後の研究の推進方策 |
【井上 計画-1】母性伝承されるH3K27me3が卵母細胞で確立されるためには、卵母細胞の成長過程において当該遺伝子の転写が抑制状態に保たれる必要があることを示唆する結果を得ている。そこで、転写とH3K27me3の関係性に着目し、卵母細胞の転写を人為的に操作することで伝承性H3K27me3を破綻できるか、また、本来存在しない遺伝子領域に確立させることができるか検証する。 【井上 計画-2】様々なPRC1とPRC2の変異体を用いて、ポリコームシステムと全能性との関連を調査する。 【井上 計画-3】全能性の研究に有用な新規の生殖工学技術を開発する。 【山口 計画-1】2CLCをモデルに用いて、p53の下流で生じている現象、特に細胞周期と複製ストレスに着目して研究を展開する。 【山口 計画-2】雄性単為発生胚と雌性単為発生胚ではES細胞樹立効率が異なることを見出している。そこでこれらの単為発生胚の着床前初期胚発生とES細胞樹立過程の違いを解析することで、全能性消失期における父母アレルの働きの違いを明らかにする。
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