本研究では、受精卵に特有の全能性の理解のために、受精卵の有するエピゲノム状態およびそれと連動する転写状態を明らかにすることを重視した。そして、受精後発生における転写パターンの変化を正確に捉えるための手法の開発に取り組んできた。受精直後の胚では卵子由来の母性RNAが大量に存在するために、どのゲノム領域が実際に転写されているのかは明確になっておらず、全能性受精卵の転写パターンは不明であった。そこで、受精後に新規に合成されたRNA(nascent RNA)のみを網羅的に検出することのできる方法(LET-seq)を開発した。100個のES細胞で質の高いデータを得ることができることを確認した後、受精後胚に適用することで異なる発生段階での転写状態を明らかにした。これにより受精後の転写ダイナミクスが明らかとなったとともに、全能期の転写制御因子としてObox3を同定した。全能性獲得が不十分なために発生異常を起こす体細胞核移植胚にObox3を導入すると、その発生が大幅に改善した。これらの結果は論文として発表した(Sakamoto et al. Cell Rep 2024)。また、受精後発生におけるクロマチン状態変化を明らかにするために、MNase-seqの微量化に取り組み、手法の開発に成功した。そして、マウス初期胚に適用することで受精後発生過程におけるヌクレオソームポジショニングの動態を明らかにすることができた。特に、受精直後の全能期のヌクレオソームポジショニングは、より発生のすすんだ胚や細胞のそれと比べ大きく異なること、転写因子YY1がヌクレオソームポジショニングの制御に重要な機能を果たすことを見出した。また、胚性ゲノム活性化とヌクレオソームポジショニング変化との関連性を明らかにした。これらの結果は論文として発表した(Sakamoto et al. Genes & Dev 2023)。
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